# 1135
『TReS /La Luna Roja (アルゼンチンの赤い月)』
text by Masahiko Yuh
ンバギ・レコード NBAGI Record N - 013 /Bomba ボンバ・レコード |
TReS:
早坂紗知 (as,ss )
RIO (bs)
永田利樹 (b)
1. Adios Nonino (Astor Piazzolla)
2. Ring of Cannabis 2014 (Sachi Hayasaka)
3. Water from an ancient well (Abdullah Ibrahim)
4. Water from an ancient well (Abdullah Ibrahim)
5. Tombo (Hugo Fattoruso/Airto Moreira)
6. Black Out 2014 (Sachi Hayasaka)
7. The sky is the limit (RIO)
2014年5月、NBAGI STUDIO にて録音
『Escualo』に次ぐ TReS(トレス)の第2作
永田利樹、早坂紗知、Rioからなる一家3人の頭文字をとったTReSについては、昨年3月の巻頭文<食べある記>で触れた。あれは江古田の「Buddy」での恒例の226コンサートだったが、私のお目当ては早坂でもゲストの山下洋輔でもなく、Rioだった。それほど私の耳に入ってくるRioの評判が高く、自分の耳で確かめたいと思ったからこその江古田詣でだったが、実際、噂や下馬評通りのプレイヤーとしての能力や傑出した奏法等に豊かな将来性を感じさせる逸材ではあった。学生時代にはアルトもソプラノも手がけていたという彼がなぜバリトン・サックスに専念したかは知らないが、そのプレイや音色から推して、ピアソラとの共演経験もある故ジェリー・マリガンに傾倒したことは充分に考えられるし、なるほどマリガンらしいクールで知的なアプローチ、あるいはピアソラや留学したアルゼンチンでの体験などが、演奏家として羽ばたく決意をこの楽器に托すことへと彼を駆り立てたのかもしれない。この新作では早坂紗知のプレイの上になり下になり、彼なしではTReSの存在すら疑わしいほどの大車輪の活躍を披瀝している。
標題の『赤い月』。アルゼンチンでは赤い月が珍しくないのだろうか。解説文を書いた早坂紗知にはぜひ触れて欲しかった。秀逸なジャケットに描かれた赤い月を眺めながら、私は半世紀以上も前にヴィック・ダモンやトニー・マーティンの歌で愛聴したイタリア原曲の<Luna Rossa>に思いを馳せた。閑話休題。
新作はピアソラの<アディオス・ノニーノ>で始まるが、全7曲を聴いた印象を率直に言えば、演奏の展開や構成が整然とスコア化されており、テンポや楽想の変化がさまざまな曲想を生んでドラマティックに発展していく。それが手に取るように分かる。こうした複雑な構成展開は実は<アディオス・ノニーノ>に限らず全7曲に共通しており、3者の役割分担、とりわけサックスを吹く紗知とRioの融通無碍なコンビネーションに象徴的に示されている。その結果、変化に富んだストーリーが用意されることになるが、展開具合によっては紙芝居でも見ているような面白さを彷彿させるところがしばしば現れることになる。そうした中でRioは我先を争ったり、出しゃばったりすることを一切しない。絶えず紗知のメロディック・ラインをサポートする一方、みずからがソロを披瀝する場面でも正攻法で堂々と攻める。決して聴く者をケムに巻くようなエゴ丸出しのプレイをすることはない。紗知の対旋律をきちんと奏する一方で、TReSの全体のユニティ達成にも目配りしている。初めてトリニダード・トバゴのスティール・パンをモティーフにつくった自己の作品、<ザ・スカイ・イズ・ザ・リミット>も提供した。間違いなくRioの成長がこの第2作で大きな役割を演じることになったという印象がすこぶる強い。
ピアソラに捧げた前作はアルゼンチンでも高い評価を受けた。という。ピアソラへの思いはこの新作でも継続されており、それは単に<アディオス・ノニーノ>や第4曲の<ルンファルド>という故人のオリジナル曲を演奏したことを越え、ピアソラの生き方や音楽への大きな貢献に共感するTReSの思いの強さとなってアルバム全体に横溢している。秋にはアルゼンチンをはじめとする南米ツアーも実現させるとともに、ブエノスアイレス国際ジャズ・フェスティバルに招かれているというので、Rioにとっては第二の故郷?に錦を飾る機会になるかもしれない。
縁の下の力持ちというが、この新作で存在感を発揮したのがベースの永田利樹。寡黙なベーシストだが、随所で屋台骨を背負っているというにふさわしい重厚でTReSの士気を高めるプレイを印象づける。寡黙とはいっても<アディオス・ノニーノ>のオープニングを飾るソロに始まり、ダラー・ブランドの<ウォーター・フロム・アン・エンシェント・ウェイル>やピアソラの<ルンファルド>など通常にはない頻度でソロをとっている。ところが、全体を聴き終えて、そんなにソロをとっていたのかと時にびっくりするほど、実際は表に出ていたのだ。つまり印象が薄いのではなく、押し付けがましさがないのだ。それゆえ目立たないというだけのことだろう。
むろんのこと早坂紗知もアルトとソプラノで精力的なプレイを繰り広げており、まあ親子だから互いに敵愾心を燃やすなどということはあり得まいが、そう聴こえても不思議はないくらい、Rioと組んでの演奏展開でもいつものように全力を投入したハッスル・プレイを全曲にわたって印象づける点はさすが。自作の<ブラック・アウト2014>ではローランド・カークばりに2本のサックスを同時演奏するという張り切りよう。まだ息子には負けられんという気概なのだろう。若いね、紗知は。
この秀作を聴き通すと、1つの課題が見えてくる。この1作を聴く限りでは親子ならではの気持のスムースで温かい通いあいがどの演奏にも感じられて好ましく、それが変化に富む演奏展開を可能にし、豊かなストーリーを生む関係ともなっていて頼もしい。とはいえTReSとしてさらにダイナミックな発展を遂げるためには、ときには息子と対立したり親子を越えた激烈なやり取りや演奏上の激論をたたかわさなければならない。そのときに本作と同じレベルの内容の充実した演奏が可能となった時点で、TReSならではの真価を発揮する季節を迎えることができるのではないだろうか。健闘を祈る。
悠 雅彦 (Masahiko Yuh)
1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、朝日新聞などに寄稿する他、ジャズ講座の講師を務める。 共著「ジャズCDの名盤」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽之友社)他。本誌主幹。
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