#  1141

『ステファノ・ボラーニ・トリオ/ジョイ・イン・スパイト・オブ・エヴリシング』
text by Masanori Tada


ECM/ユニバーサル・ミュージック
UCCE-1147 \2,700(税込)

ステファノ・ボラーニ(p)
イェスパー・ボディルセン(b)
モーテン・ルンド(ds)
マーク・ターナー(ts)
ビル・フリゼール(g)

1. イージー・ヒーリング
2. ノー・ホープ・ノー・パーティ
3. アロバー・エ・クドラ
4. ラス・ホルテンシアス
5. ヴァーレ
6. テディ
7. イスメネ
8. テイルズ・フロム・ザ・タイム・ループ
9. ジョイ・イン・スパイト・オブ・エヴリシング

録音:2013年6月@アヴァター・スタジオ、NY
エンジニア:ジェームス A.ファーバー
ミックス:2014年3月 スガーノ、スイス by マンフレート・アイヒャー、ステファノ・ボラーニ & ステファノ・アメリオ(エンジニア)
プロデューサー:マンフレート・アイヒャー(ECM2360)

ジャケを見た瞬間に、これは何かある、これは傑作だ、と確信させるECM盤はある。

1曲目<イージー・ヒーリング>の明るいカリプソっぽいリズムのイントロにとろける。いきなりの桃源郷。ガールフレンドと気まずくなったドライブに、愛車レクサスの夕暮れにかけたいトラックだ。にっこりと微笑む彼女。もちろん夢だ、いや、実現しないのだから、妄想だ。

おれがジャレットに弾かせたい、イントロのこの光り輝く粒のようなピアノ・タッチ!

おおお、フリゼールにしか出せないギターのつまびき、やっぱフリゼールだ。

そして、いきなり重力はずしの甘美すぎる武器をさりげなく吹く、さすがのマーク・ターナー!このところマーク・ターナーの固め打ちのようなECMレーベルだな。

いやはや、参った。ミュージシャンがスタジオに集えば、これが出来るというわけではない、もちろん、それこそアイヒャーの神業であり、創造での批評なのであるが。

...ポール・デスモンド...

勇み足するさ、ジャズを聴きはじめてこのかたポール・デスモンドの甘美にだけは、よそで満足できなくて、デスモンドの音色に戻っていたものさ。よしゃあいいのに、ブラクストンをデスモンドの音色で脳内変換させて聴いて過ごした夜もあったことは前衛ジャズファンの友だちには内緒だ。

マーク・ターナーは21世紀ジャズにおいて、ポール・デスモンドの座を獲得するのだ。音色のフォームではないよ!甘美の無重力が進化したものとして聴かれるのだ。もう、ぼくにポール・デスモンドはいらない。

それはともかく。

ジャケを観て、これは傑作に違いないと内心思っていたのは、御嶽山の噴火災害が起こる前でしたので。ちょっと今は、このジャケをジャケとして見ることはできませんが。

ステファノ・ボラーニ。1972年、ミラノ生まれの41さい。わたしが思うに、最高傑作は06年の『I Visionari』2CD、イタリアの明るい空が視えるピアニズムが絶品だ。そして、今回の『Joy In Spite Of Everything』は、ジャズ盤としての彼の最高傑作となった。

ECMレーベルでのイタリア出身ミュージシャンというと70年代からのエンリコ・ラヴァと、90年代になってイタリアン・インスタビレ・オーケストラ『ヨーロッパの空』(オーネット『アメリカの空』の向こうを張った名盤)を皮切りにジャンルイジ・トロヴェージの諸作のラインがあるけれど、ボラーニはラヴァとの共演からECMに登場しはじめていた。ラヴァは「アート・テイタム以降もっとも才能あるピアノだ」とボラーニを絶賛、二人のデュオ盤『The Third Man』は第三の男であるアイヒャーがジャケの左はじに靴だけが映っているという、そしてそれに相応しい三者のコラボレーションが聴こえる録音に至っている。

6曲目<テディ>でのまどろみ感、フリゼールのつまびきぶり、ボラーニのタッチ、そして、ジャズ演奏の黄金の文脈に漂いながら、楽曲を支えているクラシックの素養というものだろうか、どこまで広いパレットで創作しているかという意識の空間性といったものを感じるいいトラックだ。おお、デュオ曲だったのか。7曲目<イスメネ>は、さらにボラーニとフリゼールの、同音域つまびき合い。静止してしまうかのような意識の果て。ここではタイコがかすかに合わせている。

意識の空間性といったところまで踏み込んだレコーディングの成果は、本盤全編についても言えるし、最高傑作であるゆえんだ。

10. ラストはタイトル曲<ジョイ・イン・スパイト・オブ・エヴリシング>、繊細かつ軽快なピアノ・トリオでの演奏で締めている。
ボラーニという全天候型のピアニストに、法王モチアンとの共演(『Tati』ECM1921)という刺激を与え育み、アイヒャーECM独自の翳りと集中力のある場につなぎとめて、高次の作品に貢献させるというのはいつものこのレーベルのありようだ。そして、その黄金律に基づいて、この上ないミュージシャンを揃えて仕上げてきているわけで、横綱相撲のような傑作と言えるだろう。次々とマーク・ターナーの多彩さを活かすここのところのECMアイヒャーは、本気である。(多田雅範)

* 関連リンク
http://www.jazztokyo.com/five/five1132.html

多田雅範 Masanori Tada / Niseko-Rossy Pi-Pikoe。
1961年、北海道の炭鉱の町に生まれる。東京学芸大学数学科卒。元ECMファンクラブ会長。音楽誌『Out There』の編集に携わる。音楽サイトmusicircusを堀内宏公と主宰。音楽日記Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review。本誌副編集長。

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