# 1144
『ダラー・ブランド|ドン・チェリー|カルロス・ワード/第三世界=アンダーグラウンド』
text by Masanori Tada
パワースポット的なるものに関心のある人たちに必要な魂の交感を記録した音楽
ダラー・ブランドのピアノ連打がフェード・インしてくる。ジャレットが呪術的に彷徨ったアメリカン・カルテットをさえ連想してしまう。おおらかに宣誓をあげるようなドン・チェリーのトランペット。
これは祝祭の音楽だ。言葉は悪いが、魂のリラクゼーションだ。楽器が上手いか下手かは関係ない。交感のグルーヴに没入するばかりである。ゴスペルの手法?そうねえ、ゴスペルと言われる以前の和音と繰り返しの高揚。
改めて曲目を見たけれど、このようだったかしら。A面1曲、B面1曲。終わらないでほしい演奏だった記憶。
トリオ・レコードからリリースされていた『第三世界=アンダーグラウンド』を中古盤屋で手に入れたのは30年以上前だ。80年代になっていた。フュージョン・ミュージックも出揃っていた。フューズ・ワンだの愛のコリーダだの、月刊誌『アドリブ』も売れていたなあ。そんな時代に、70年代回顧で聴いていたにしては、あまりにも輝かしく懐かしくもあったこの音楽。21世紀を14年も過ぎて、生気を失わなかったのはむしろこちらのほうだった。
ECM/JAPO盤『African Piano』で出会って以降、LPレコード時代にはダラー・ブランド(Dollar Brand)=アブドゥーラ・イブラヒム(Abudullah Ibrahim)名義の作品をディスクユニオン新宿店の新着輸入盤コーナーで見つけるといつも買っていた。CDは持っていない。
2010年のNHK−BSでアブドゥーラ・イブラヒムの番組があった。70年代半ばにイスラム教への改宗を契機に名前を変えたという経緯は知らなかった。代表曲のひとつ<Mannenberg>が「非公式の南アフリカの国歌」とまで受容されていることや、それが反アパルトヘイトのテーマになっていることを知った。
ドン・チェリーはいきなり『ムー大陸』から入った。オーネット・コールマンとの演奏、チャーリー・ヘイデンとコリン・ウォルコットとのトリオ「コドナ」、『相対性組曲』(ここには本盤のカルロス・ワードも参加している)をよく聴いた。
この春に上梓された尾川雄介と塚本謙氏の共著『インディペンデント・ブラック・ジャズ・オブ・アメリカ』(リットー・ミュージック)を駅前のあゆみブックスで見つけて、手が震えた。スピリチュアル・ジャズと呼称されているらしいが、70年代の黒人ジャズ・ミュージシャンによるインディペンデントなレーベル、ストラタ・イーストやインディア・ナヴィゲーションを網羅した驚くべきディスク・ガイドだ。日本でホワイ・ノット・レーベルを立ち上げた悠雅彦(本誌JazzTokyo主幹)のインタヴューも載っている。
悠さんは世界に先駆けてAIRを録ってリリースしていたのだった。ヘンリー・スレッギルの新しく尖った感覚を、70年代に見抜いてのだから恐るべき慧眼だ。
その尾川雄介が監修し、トリオ・レコードの名作群を『反逆のジャズ』シリーズとして15タイトルを復刻。その中の一枚が本盤で、待望のCD化、広く聴かれる機会を得た。
ダラー・ブランド(南アフリカ)、ドン・チェリー(アメリカ)、カルロス・ワード(パナマ)の三者が大きなうねりの祝祭を奏でる。グローバル経済の行きわたった現在のわたしたちの、快適な息の詰まる世界に。これは、特別な音楽だ。パワースポットが世界的に流行しているのは知っている。明治神宮も、日枝神社も高野山もそうだ。この音楽をパワースポットだと言うのには無理があるけれど、パワースポット的なるものに関心のある人たちにどんな音楽が必要なのかと考えると、自然音やサウンドスケープではなくむしろこのような魂の交感の記録である本盤なのではないかと。(多田雅範)
多田雅範 Masanori Tada / Niseko-Rossy Pi-Pikoe。
1961年、北海道の炭鉱の町に生まれる。東京学芸大学数学科卒。元ECMファンクラブ会長。音楽誌『Out There』の編集に携わる。音楽サイトmusicircusを堀内宏公と主宰。音楽日記Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review。本誌副編集長。
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