# 1153
『井上陽介 / Good Time』
text by Hideo Kanno
ポニーキャニオンMYCJ.30646 2014年10月15日発売 2,778円(税別) |
井上陽介(b)、秋田慎治(p )、江藤良人(ds)、荻原 亮 (g)、丈青(p, 3 & 8)
Good Time (Yosuke Inoue)
Feel Like Making Love (Eugene McDaniels)
Tell Me A Bedtime Story (Herbie Hancock)
Black Orpheus (Luiz Bonfa)
Here, There And Everywhere (John Lennon & Paul McCartney)
What Are You Doing The Rest Of Your Life (Michel Legrand)
Come Together (John Lennon & Paul McCartney)
Come On (Yosuke Inoue)
Wonderful Tonight (Eric Clapton)
Last Cookie To The Sky (Yosuke Inoue)
All Of You (Cole Porter)
プロデューサー:山下正博(ポニーキャニオン)
エンジニア:川崎義博(ポニーキャニオン)
2014年4月8日〜9日 代々木スタジオで録音
カバー写真:須崎裕次
アートワーク&デザイン:横山芳枝 (ALFAEYES design Inc.)
優しく楽しい時間を感じさせる、会心の「気負わない意欲作」
長くニューヨークを拠点に第一線のミュージシャンとの共演を重ね、数々の録音に参加、全米・世界へのツアーを重ねてきたベーシストの井上陽介。2004年からは日本に拠点を移し、自身のリーダーライブの他、塩谷哲トリオ、渡辺香津美ジャズ回帰プロジェクト、大野雄二 ルパンティックファイブなど多忙な活動を行っている。ニューヨーク時代では、ロン・カーターをはじめ歴代名ベーシストを擁して来たハンク・ジョーンズ グレート・ジャズ・トリオの『What’s New』への参加は特筆したいし、今回調べていて、井上の初レコーディングが1987年録音の「中川昌三/Touch of Spring」で、佐藤允彦、山木秀夫と参加していたことに気付いて驚いた。
今年50歳になった井上の、『LIFE』以来5年ぶり7枚目のリーダーアルバム。聴いてみると、塩谷哲トリオで共演するSalt的な表現を借りると「気負わない意欲作」に思えた。ナチュラルにストレートに表現していながら、とても美しく深く、心地よい切なさがある。そして、表面的にではなく心の奥から感じる楽しく優しい時間。しかし、本人のライナーノーツを読むと「I Have a Dream〜このアルバムは夢を失いそうになりながら、悩み、倒れそうになりながらもまた立ち上がり、夢を追いかけている男たちの奮闘記です。」と切実な想いが語られている。メディア、ネットに情報が溢れる中で感覚が損なわれていき、自分を見失いそうになり、時代遅れに感じる。これはミュージシャンに限らず誰もが感じていることだろう。その中で井上は自分の奥底に眠っている理想の音楽を求める情熱を核心紙、正直に伝えたいとこのアルバムを作った。「気負わない意欲作」は、産みの苦しみと熟考、試行錯誤の後に、邪念を削ぎ落としながらようやく辿り着く、名手たちにのみ許された境地なのだ。「キーワードはGood Time。いかによい時間を共に過ごせるか。音楽を通して最高のものを分かち合える時間を作り出すか。そこに最大の努力を注ぎました。」
このアルバム録音後のできごとになるが、モントルー・ジャズ・フェスティバルで、出番以外で、井上と観客としての時間をほんの少しだけ共有できたが、その日はもはやジャズのフェスティバルではなくなったモントルーで自分の信じてきた音楽の立ち位置が見えなくなる不安感、方向喪失感を覚えながらも、観客の「音楽」に対する熱い心を感じ、集う人々や街からを含めポジティブなエネルギーを受け止めることができた。これもこのアルバムのコンセプトにつながる、戸惑いから確信に向かう類いの体験ではないかと思う。
井上の心地よいベースラインから始まり、スウィングとブルースフィーリングに溢れた<Good Time>にはじまり、<Feel Like Making Love><Come Together>などの名曲が並ぶ。井上リーダーライブでの<Here There and Everywhere>は大好きで、ここでの演奏も素晴らしく、心に沁みる。オリジナルが素晴らしいのに加えて、カバーが原曲を越える魅力を放ち、一級の名曲の数々とオリジナルがデパート的になったり、打ち消したりしないで最大限に引き立て合う選曲と配列とアレンジもさすがだ。バラードの<Last Cookie to the Sky>は、今年天に召された愛犬クッキーに捧げられ泣ける一曲だ。これまでも<Hard Cookie Dance><Soft Cookie Waltz>とオリジナルのインスピレーションの源になってきたが、今回は特別な想いが込められていた。そしてスタンダードの<All of You>で締め括られる。
秋田の色彩感と表現力に溢れたピアノ。井上が戦友と呼ぶ江藤との気心が知れたやりとりとグルーヴ。丈青は2曲参加するがそのスピード感と爆裂感はこのアルバムのもうひとつの方向性を見せる。井上のリーダーライブではホーンの参加が多いが、萩原のギターは全体を優しく包み込み、ジャズ的なサウンドとポピュラーの名曲をナチュラルにつなぐ。
須崎によるカバー写真と横山によるアートワークも、さりげなく、しかし緻密に構成された「くつろぎ感」を演出する。
『Good Time』という分かり易すぎる看板に偽りのない、優しく楽しい時間が流れている。ぜひ、井上と仲間たちが作り出す音楽と時間に身を委ねてみて欲しい。(神野秀雄)
【関連リンク】
井上陽介ホームページ
http://www.geocities.co.jp/MusicHall/3814/
【JT関連リンク】
モントルー・ジャズ・フェスティバル 2014
ブルーノート東京・オール・スター・ジャズ・オーケストラ directed by エリック・ミヤシロ with スペシャルゲスト 小野リサ
http://www.jazztokyo.com/live_report/report728.html
塩谷哲トリオ “ライヴ 2014”
http://www.jazztokyo.com/live_report/report726.html
【追記】Good Time CD 発売記念ツアー2015
メンバー:井上陽介(b)、秋田慎治(p)、荻原亮(g)、江藤良人(ds)
1月18日(日) | 嬉野 一粒茶屋すいしゃ |
1月19日(月) | 博多ニューコンボ |
1月20日(火) | 北九州市 マックスオーディオ小倉店2F 音楽館 |
1月21日(水) | 熊本 LIVE & DINING BAR 酔ing -Swing- |
1月22日(木) | 太宰府 ジャズ工房NISHIMURA |
1月25日(日) | 目黒ブルースアレイジャパン |
1月27日(火) | 静岡 ライフタイム |
1月28日(水) | 大阪 ミスターケリーズ |
1月29日(木) | 名古屋ラブリー |
2月25日(水) | 松山 モンク |
2月26日(木) | 高松 スピークロー |
2月27日(金) | 岡山 ルネスホール |
2月28日(土) | 京都 RAG |
3月1日(日) | 鈴鹿 どじはうす |
ⓒTomoya Takeshita 左から右に :井上 秋田 江藤 荻原 丈青 |
神野秀雄(かんの・ひでお)
福島県出身。東京大学理学系研究科生物化学専攻修士課程修了。保原中学校吹奏楽部でサックスを始め、福島高校ジャズ研から東京大学ジャズ研へ。『キース・ジャレット/マイ・ソング』を中学で聴いて以来のECMファン。東京JAZZ 2014で、マイク・スターン、ランディ・ブレッカーとの”共演”を果たしたらしい。
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
:
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
:
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
:
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄
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