#  1161

『Mostly Other People Do the Killing/Blue』
text by Narushi Hosoda


Hot Cup 141 2,800円+税

Peter Evans(tp)
Jon Irabagon(as,ts)
Ron Stabinsky(p)
Moppa Elliott(b)
Kevin Shea(ds)

1. So What
2. Freddie Freeloader
3. Blue in Green
4. All Blues
5. Flamenco Sketches

Produced by Moppa Elliott
Recorded and Mixed at Oktaven Audio by Ryan Streber
Mastered at Sterling Sound by Seth Foster
Alto Saxophone recorded by John White at The End
Additional transcriptions,editing,programming and assistance by Neil Shah
Assistant Engineer:Danny Alvaro
Artwork and design by Nathan Kuruna
All Compositions by Miles Davis

ジャズ受容史に再考を迫る衝撃的な問題作

「モストリー・アザー・ピープル・ドゥ・ザ・キリング」は、ベーシストのモッパ・エリオットを中心に2003年に結成された、ニューヨークを拠点に活動するジャズ・グループである。彼の地に現在形の先鋭的なジャズ・シーンがあるとするならば真っ先に名前が挙がるだろう俊才が集い、オーネット・コールマンを彷彿させる2管カルテットとして活動を始めた彼らは、リーダーであるモッパ・エリオット名義の第1作を除くならば、これまでに6枚のアルバムをリリースしている。そのどれもがジャズの遺産に対するオマージュとなっており、名盤のアートワークをまるごと模したものから、スムース・ジャズのパロディ、あるいは編成を拡大してトラディショナル・ジャズに挑んだものまで、まるで「新たな音楽」を生み出すことの不毛さを前提にしたシニシズムを湛えているかのようでもある。とはいえ、彼らが作り出す音楽までもがパスティーシュに過ぎないことはなく、フリー・ジャズ由来の自由リズムと係留されたファンクネスが現代的な感覚で交錯し、そこに驚くほどポップなメロディが絡み合うといったふうな、固有のジャズ・ミュージックが生み出されていたのである。少なくとも『ブルー』がリリースされるまでは。

収録曲を見ればすぐにわかるように、本作品は、ジャズ史上最も多くの人々の耳に届き、さらにはジャンルを越えた影響力をいまもなお保ち続けているマイルス・デイヴィスの傑作アルバム『カインド・オブ・ブルー』を題材にしたものである。着想から実現までに10年以上の歳月が費やされたというそれはたんなるカヴァーではなく、もとの音盤で聴かれる即興演奏のひとつひとつを、さらには録音装置が捉えてしまったノイズまでをも、「完全に」再現したものとなっている。つまり本作品から聴き取ることができるのは、このグループ特有の演奏というよりも、耳の肥えたマイルス・フリークでさえ聴き違えてしまうような、あの名盤の響きなのである。もちろん、それはあくまで再現なのであって複製ではない。わずかなテンポの違いやニュアンスの異なりを聴き取ることはできるし、モッパ・エリオット自らが「失策」をそのまま残していることを明かしてもいる。だがそのような、『カインド・オブ・ブルー』しか存在しない世界においてはほとんど見過ごされてきたような細部に対する気づきが重要なわけではないだろう。むしろ差異を孕みながらもなお、わたしたちがそれを同一のものとして聴いてしまう/聴けてしまうという事実にこそ着目すべきなのである。

たとえばライナーノーツに転写されてもいる、ホルヘ・ルイス・ボルヘスによる有名な疑似論文「『ドン・キホーテ』の著者、ピエール・メナール」が語っていたのは、全く同一の文章がセルバンテスとメナールという異なる時代/場所の二者によって書かれることで、それぞれの文章もまた異なるものとなるということなのであった。この意味で『カインド・オブ・ブルー』と『ブルー』においても、その響きが先進的なのか保守的なのかといった違いは生じるだろう。しかしその役割は音盤となった『カインド・オブ・ブルー』の幾度もの再発によって担われてきていたのだった。だから『ブルー』を単純にボルヘスの機知と重ね合わせてしまってはならない。むしろこのアルバムを聴くわたしたちが、しかしそこに巨人の名演を見出してしまうということ――それはジャズの本質としての即興性/一回性や、演奏者に固有の音楽といったものに対して、録音物を通して狂喜乱舞していた聴衆が、果たして本当は何を聴いていたのかということを明らかにするための、ジャズの側からの苛烈な批評として受け取ることができるのではないだろうか。あるいはそれでも「これはマイルスではない」という批判を、わたしたちは延々と続けていくべきなのだろうか?(細田成嗣)

細田成嗣 Narushi Hosoda
1989年、埼玉県生まれ。2013年よりWeb雑誌ele-kingにCD評などを執筆。また別冊ele-king『プログレッシヴ・ジャズ』に寄稿。

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FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


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