# 1162
『ニューヨーク・ハードコア・ジャズ・シーンを知るための4枚のアルバム』
A Young Person's Guide To New York Hardcore Jazz
text by Takeshi Goda
前号でレビューした『Chris Pitsiokos, Weasel Walter, Ron Anderson / MAXIMALISM』を聴いて、現在のニューヨーク即興音楽シーンに多大な興味を抱いた。その台風の目と言える24歳のサックス奏者クリス・ピッツイオコスは、昼間はニューヨークの「Downtown Music Gallery」というレコードショップで働いていると言う。特定の音楽シーンを本当に理解したいなら、現場に乗り込み自分自身で体験するしかないが、それが適わぬ時は、シーンの担い手のアドバイスを求めるのが次善の策だろう。まさに好都合とばかりに、現在のNYシーンを理解するために相応しいとピッツイオコス自身が考える音源を、提示した予算内で選んで送ってくれるよう注文した。そして届いたのが以下の4枚のCD。クリス・ピッツイオコスのセレクションを俯瞰することで、ニューヨークで今何が起っているのか、多少なりとも伝わるのではなかろうか。 なお文中に登場する「NYハードコア・ジャズ」という呼び名は、筆者による命名であり(詳細は筆者による『MAXIMALISM』のディスク・レビュー及び「この1枚2014海外編」を参照のこと)、現地や海外メディアで特定の名称で呼ばれているわけではない。
『Charity Chan, Peter Evans, Tom Blancarte, Weasel Walter / CRYPTOCRYSTALLINE』
ugEXPLODE ug64 (2013) |
Charity Chan(p)
Peter Evans(tp)
Tom Blancarte(b)
Weasel Walter(ds)
1. Undetectable
2. Hidden Language
3. More Than Met The Eye
Recorded at Casa del Popolo, Montreal Quebec on January 23, 2013 by Sebastien Fournier
Mixed by Weasel Walter
ピッツイオコスが2012年にデビュー作『Unplanned Obsolescence』をリリースしたレーベル「ugEXPLODE」の作品が2作。レーベル・オーナーのウィーゼル・ウォルターはNYハードコア・ジャズ・シーンの中核をなすドラマーであり、ピッツイオコスの2作『Unplanned Obsolescence』『MAXIMALISM』にも参加している。
本作は2013年1月カナダ・モントリオールでのライヴ録音。モントリオールを拠点に活動する女性ピアニストのチャリティ・チャンを中心に、エヴェン・パーカーのpsiレーベルから作品をリリースするNYのトランぺット奏者ピーター・エヴァンス、そのピーター・エヴァンスのカルテットのメンバーであり、ペーター・ブロッツマンやハン・ベニンク、ジョン・ブッチャー等と共演してきたテキサス出身のベーシスト、トム・ブランカート、そしてウィーゼル・ウォルター(ds、1972年イリノイ州生)による、丁々発止のインプロヴィゼーション。4人が真っ向から絡み合うスリルとパワーは「興奮性戦闘的即興」の鑑と呼べる硬派な(ハードコア)作品。
『Sandy Ewen, Damon Smith, Weasel Walter』
ugEXPLODE ug53 (2012) |
Sandy Ewen(g)
Damon Smith(b, field recordings, laptop)
Weasel Walter(perc)
1〜8. Untitled
Recorded November 20, 2011 at WKCR, Columbia University, New York City.
Recording engineer: Anabel Anderson
Mastered by Weasel Walter
Artwork by Sandy Ewen
1985年カナダ・トロント生まれで、テキサス大学で建築学を修めた女性ギタリスト、サンディ・イーウェンと、1972年ワシントン州生まれのベーシスト、デーモン・スミス、そしてドラムのウォルターのトリオによる2011年コロンビア大学でのライヴ録音。恐らく当時同大学の学生だったクリス・ピッツイオコスも観たことだろう。完全即興だが、ギターもベースも一切フレーズを弾かず、ひたすら物音ノイズに徹した演奏は、ジャズ的なインプロヴィゼーションとは一線を画す、ノイズや現代音楽に接近したスタイル。ウォルターのドラムも打撃音に特化した非リズム演奏だが、ハイハットやシンバルの音が識別可能な分、三者のうちでは最も保守的に聞こえる。カヴァーやブックレットに掲載された奇怪なアートワークはサンディの手になるアート作品。
『Mary Halvorson, Kirk Knuffke, Matt Wilson/SIFTER』
Relative Pitch Records RPR10 (2013) |
Mary Halvorson(g)
Kirk Knuffke(cornet)
Matt Wilson(ds)
1. Cramps
2. Dainty Rubbish
3. Always Start
4. Absent Across Skies
5. Don Knotts
6. Original Blimp
7. Doughy
8. Free Jazz Economics
9. Back + Forth
10. Proper Motion
11. Forever Runs Slow In Cold Water
12. Vapor Rub
13. Utility Belt
Recorded October 11th 2011 by Matt Balitsaris at Maggie's Farm
Mixed by Matt Balitsaris
Mastered by Jon Rosenberg
現代の即興変態ギター界(?)を代表するメガネ女子、メアリー・ハルヴァーソン(生年不明、ボストン出身)をフィーチャーし、1980年コロラド州デンヴァー生まれのコルネット奏者カーク・ナッフク、『ダウンビート誌』年間最優秀ドラマー部門5年連続No.1受賞の実力派ドラマー、マット・ウィルソンによるトリオ「シフター」の2013年のデビュー作。即興パートは最小限にして、作曲された楽曲を室内楽的なエレガントな演奏で聴かせる。ハルヴァーソンのピッチベンダー奏法が随所で聴かれるが、あくまで装飾に留まる。驚く程親しみ易いサウンドは、ハードコア・ジャズ経由のハイクオリティー・ポップと呼べる。
『Steve Lehman Octet/Mise En Abîme』
PI RECORDINGS PI54 (2014) |
Steve Lehman(as, electronics)
Jonathan Finlayson(tp)
Mark Shim(ts)
Tim Albright(tb)
Chris Dingman(vib)
Jose Davila(tuba)
Drew Gress(b)
Tyshawn Sorey(ds)
1. Segregated And Sequential
2. 13 Colors
3. Glass Enclosure Transcription
4. Codes: Brice Wassy
5. Autumn Interlude
6. Beyond All Limits
7. Chimera/Luchini
8. Parisian Thoroughfare Transcription
Producer: Steve Lehman
Executive Producers: Seth Rosner and Yulun Wang
Recorded At Systems Two
Mastered By Liberty Ellman
Mixed By Liberty Ellman
Recorded on January 20-21, 2014 at Systems Two Studio, Brooklyn, NY by Mike Marciano
Mixed on February 17, 19 and 24-26, and mastered on March 6, 2014 at 4D, Brooklyn, NY by Liberty Ellman
1978年ニューヨーク生まれ、「21世紀ジャズの変革者」(英ガーディアン誌)「眩惑的なサクソフォニスト」(ニューヨーク・タイムズ)と評されるアルトサックス奏者スティーヴ・レーマン率いる八重奏団による2014年のアルバム。即興音楽家であると同時に作曲家としてオーケストラや室内楽作品を数多く発表するレーマンのジャズ・イディオムを駆使したスコアを、現代アメリカ屈指の実力派ミュージシャンたちが秀逸に演奏する。ピッツイオコスと何度も共演するタイショーン・ソーレイ(ds)はNYハードコア・ジャズを代表するドラマー。作曲された楽曲と自由度の高い即興演奏が見事に溶け合ったスタイルは、サン・ラのアーケストラやジャズ・コンポーザーズ・オーケストラ、ロフト・ジャズ系のヒューマン・アーツ・アンサンブル、欧州のグローブ・ユニティやICPオーケストラなど、フリー・スタイル集団演奏の精神を継承する。
以上、インプロヴィゼーション(即興)とコンポジション(作曲)が半々のセレクションは、「演奏と共に作曲も行う」とバイオグラフィーに記すピッツイオコスの志向を反映している。実際に今のニューヨークの音楽家にとって「即興」と「作曲」の間の壁は存在せず、両方を兼ね備えるのは当然のことだと言う。重要なのはマインド(精神)であり、それはスタイルによって左右されるものではない。そんな音楽家にとって理想的な演奏環境が現在のニューヨークに存在するのだ。ただし、ピッツイオコスが語るように、生活費、特に住宅費の高騰が音楽を志す者にとっては厳しい現実として立ちはだかる。そんな状況でも毎夜のように自由な魂の交感が繰り広げられるニューヨーク・ハードコア・ジャズ・シーンから目を離すことは出来ない。(剛田武)
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