#  1166

『Mike Nock Octet/Suite Sima』
text by Masahiko Yuh


FWM Records FWM - 0004

Phil Slater フィル・スレイター (trumpet)
James Greening ジェームス・グリーニング (trombone)
Peter Farrar ピーター・ファーラー (alto sax)
Karl Laskowski カール・ラスコウスキ (tenor sax)
Carl Morgan カール・モーガン (guitar)
James ( Pug ) Waples ジェームス・ウェイプルズ (drums)
Brett Hirst ブレット・ハースト (acoustic bass , 6のみ electric bass)
Mike Nock マイク・ノック (piano, 6のみ Vintage Vibes keyboard)

1. Freedom of Information
2. Option Anxiety
3. Peripherals
4. Frames of Reference
5. Holding Patterns
6. Parasympathetic

Rebound at Studio 301(シドニー)/2014年4月24&25日録音

 マイク・ノックのこの最新作は、2014年を締めくくるJazz Tokyo誌最終号の<今年のベスト>で、最優秀CDの1枚に挙げた。CD紹介が後手に回ってしまったことをお許しいただきたい。また、巻頭文でも触れたように、彼は昨年の12月6日に突然来日し、気心の知れた大村亘(ドラムス)、杉本智和(ベース)のトリオで意気盛んなプレイを披露し、喝采を博した(銀座「No Bird」)。詳細は巻頭文をご覧いただきたい。彼はハービー・ハンコックと同い歳の74歳。年齢を超えた溌剌たる彼の演奏を聴くたびに思うのだが、彼の音楽は単に音楽的に知的な味わい深さに富んでいるだけでなく、風通しがいい。音楽することを心からエンジョイしていて、その結果生まれてくる喜びを彼自身が演奏の中で気持よく発散しているからではないかと聴くたびに思う。
 この<Five by Five>でも、彼が吹き込んだ新作は2002年の『Big Small Band』(ABC JAZZ)や続くデイヴ・リーブマンとのライヴ・レコーディングをはじめ、かなりの吹込作を取り上げてきた。それもこれも彼が演奏するどんなサイズの編成でも彼の音楽が自身の中で醸成され、そこで自然発酵するサウンドが共演者をときにリラックスさせ、ときに奮い立たせるスリリングな作品群だったからだ。それは先掲2作でも、あるいは2010年にウェイプルズ兄弟と組んだトリオ吹込や、このトリオにカール・ラスコウスキー(ts)とケン・アラーズを加えた11年の『Hear And Know』(FWNー002)でも例外ではなく、彼ならではのジャズ、あるいは音楽に賭けた情熱が存分に発揮された、けだし快作と言って憚らない作品群だった。
 本作も例外ではなく、近年の演奏の好調ぶりに加えて、とりわけオーケストレーションを含むサウンドや楽曲構成などのフィールドで、練りに練ったとでもいうべきマイク・ノックの優れた筆致が堪能できる出色の1作といいたい最新作である。といって、鬼面人を驚かす類いの演奏ではなく、むしろノックらしくじっくりと音楽と取り組んだ結果生まれてくる芳醇な味わいがオクテットの緻密なサウンドから漂いだすとでも言い表したいような、その意味ではむしろ滋味汲みすべき作品となっている。フュージョン時代以降、とりわけ近年は、小編成コンボとビッグバンドの間をつなぐオクテット、ノネット、テンテットなどの作品を耳にする機会が少なくなった。ウェスト・コースト・ジャズが華やかだったころは傾聴に値するこの種の作品がよく話題になったものだし、ギル・エヴァンス、マーティ・ペイチ、タッド・ダメロン、ジョージ・ラッセルら編曲家として活躍した人々の作品の中にはこの種の大型コンボの秀作が必ずあったものだ。ノックのこのオクテットはむろんこのレコーディングのために招集された豪州ジャズ界の第一線で活躍するプレーヤーで編成されており、この充実したサウンドに触れるとモダン・ジャズ黄金時代に帰ったような気分を味わうことができる。クレジットをご覧いただけばお分かりのようにトランペット、トロンボーン、テナー、アルトの4管がフロントで、これにノックとはしばしば組んで演奏しているベースのブレット・ハースト、ドラムスのジェームス・ウェイプルズ、このトリオにギターのカール・モーガンが加わった編成。私が現地で何度か聴いたのは豪州屈指のトランペット奏者フィル・スレイターだけだが、聴けばお分かりのように有能かつ魅力的なプレーヤーばかり。このうちギターのモーガンは、2014年のワンガラッタ・ジャズ祭のコンテストで優勝した注目の新鋭だとノック本人から聞いた。
 タイトルは<組曲・SIMA>。SIMAはSydney Improvised Music Associationの頭文字を並べたもの。この組織はいわばオーストラリアの創造的ジャズ活動を支えてきた、シドニーに本拠をおく屈指の組織で、能力豊かな新鋭の力強いサポーターだとノック本人がコメントしている。彼がこの組織への感謝を表明するために、あえてこの6篇からなる組曲作品を書き上げ、最上の演奏家を擁してCDに記録するということじたい、いかに創造的な活動を志向するジャズ・ミュージシャンにとってこの組織が不可欠な存在だったかを日ごろ彼が強く認識していたことを物語るものだろう。日本を含めて他国ではこうした美談はほとんど耳にしない。マイクの実直な人柄を示すエピソードというべきだろう。
 ここでノックがオクテットのためにどんなオーケストレーションを施したかについて説明することはしない。ただ、不自然な作りは微塵もなく、随所で示唆に富むアンサンブルを用意し、演奏者やソロイストに創造性を駆り立てる生地を提供し、さらに気持よくプレイできる場を用意したことだけは疑いない。長い不安げな雰囲気の幕開けから、ピアノのリズム提示に続いてエレジーを想起させる葬送的なテーマが繰り広げられる(1)、続いてモード調ながらソロ・パートでは一転して4ビートの推進力に乗ってノックがドライヴする(2)、ミステリアスな序奏から速いワルツ調で短調や2種のモードを活用した主部を経ての魅力的なアルト・ソロや中間部の無伴奏トロンボーン・ソロが曲を絵物語のように彩る(3)等々………このたった3曲だけでも読むものを異種の世界に引きずり込む魅力的な物語に足を踏み入れた感じ。もはや引き返せない。ノックの提示で始まる(4)も例外ではなく、まるで童話の導入部みたいだ。変拍子に乗った中盤でのテナー・ソロといい、分けても突き刺さるような尖ったアタックの(5)の後半で本領を発揮するブリリアントなトランペット・ソロといい、ノックの行き届いた楽曲構成や興趣に富むアンサンブルが、物語のクライマックスを演出する。そして、才能の片鱗を見せるカール・モーガンのギターがエイトビートとギターの音色とをミックスしたプレイの(6)で締めくくる。あたかも映画の画面を追うようなスリルさえ覚える展開だ。
 聴き終えて、前述したように、このストーリーのどこを聴いても奇をてらったり、不自然に大向こう受けを狙った跡は微塵もない。変化に富んだオクテットの魅力が全体を支配する中で、しかし聴きようによってはけれん味のないといいたいくらいのオーソドックスなジャズならではの風味さえあって、たとえばギル・エヴァンスのテンテット盤とか、タッド・ダメロンのキャピトル盤やプレスティッジ盤を愛聴していたファンにはぜひ一聴をお勧めしたい秀作である。(悠 雅彦)

悠 雅彦 Masahiko Yuh
1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、朝日新聞などに寄稿する他、ジャズ講座の講師を務める。共著『ジャズCDの名盤』 (文春新書)『モダン・ジャズの群像』『ぼくのジャズ・アメリカ』(共に音楽之友社)他。本誌主幹。

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FIVE by FIVE 注目の新譜


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#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
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COLUMN
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#10 Contents
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