# 1169
『カーリン・クローグ+スティーヴ・キューン/ふたりの夜明け』
text by Masahiko Yuh
fab./MUZAK MZCF - 1305 \2,400 |
![]() |
カーリン・クローグ(vo)
スティーヴ・キューン(p)
エリック・アレキサンダー(ts)
ルー・ソロフ(tp)
01アイム・オールド・ファッションド
02モルデの夜明け
03丘に住む人
04スカンディア・スカイ
05君に捧げるメロディ
06今宵の君は
07ラヴ・ケイム・オン・スティールシー・フィンガーズ
08サンキュー・フォー・エヴリシング
09ユー・ドゥー・サムシング・トゥ・ミー
10リトル・バタフライ
11ディド・アイ・リメンバー
12トレイン
13タイムス・ゲッティング・タファー・ザン・タフ
14いつもさようならを
2013 年10月、ニューヨーク録音
これは77歳の声ではない。唱法でもない
冬眠していたジャズ・ヴォーカル熱を呼び覚まされたかのごとき、ノーマ・ウィンストンのライヴ(新宿ピットイン)を体験した昨年9月からまだ半年も経たないというのに、またもや不思議なくらいの感動体験をした。このたびの主はカーリン・クローグ。
この数年来しばしば共演する機会を得て、MUZAKからもすでに『ニューヨーク・モーメンツ』と『トゥゲザー・アゲイン』というスティーヴ・キューンとの共演CDを発表しているクローグだが、この『ふたりの夜明け』は一昨年の10月に共演して吹き込んだばかりの最新作だという。ぜひ聴いて欲しいと乞われて、オープニングの古いスタンダード曲<アイム・オールド・ファッションド>(ジェローム・カーンが41年に作曲した佳曲だが、近年はほとんど聴かない)を何気なく聴き始めた瞬間、またもや新鮮な感興が沸き起こった。別にノーマ・ウィンストン続きで感動体験が再燃したというわけではない。つまりは年齢的にも大ヴェテランというべき両者がヨーロッパを代表する女性ジャズ・ヴォーカルの大御所的な存在であることに端を発して、ある種の感慨が私の心の中でたまたまひとつになったというに過ぎない。実際のこと、73歳のウィンストンに対し、クローグは77歳。我が身に照らして、80を目前にした人間が、いくらプロ中のプロとはいえ、こんな若々しいヴォイスと柔らかな女性らしさを、しかも全14曲にわたって活きいきと発揮できるとは信じがたい。実は2005年吹込の『トゥゲザー・アゲイン』を未試聴だった不運も手伝って、彼女がアーチー・シェップや、あるいは当時ヨーロッパに居を移していたケニー・ドリュー、デクスター・ゴードンらと吹き込んだ6、70年代の作品群と何ら変わらぬ若々しいヴォイスを保ち続けているのは、40年以上も前の吹込と比較すればいっそう不思議、いや奇跡的でさえあると驚いたのだ。断っておくが、私はたとえばカーメン・マクレーの唱法に首ったけだった以上に、クローグの当時のLP群を愛寵したわけではない。だが、この新作での彼女の奇をてらわぬ唱法、詩編を口ずさむような力みのまったくないフレージングに見えるスムースなヴォイス、狂いのない音程とそのコントロールには、舌を巻かざるを得ない。これは77歳の声ではない。唱法でもない。
2000年代に記録したクローグの歌には、いわばお伽噺の世界をのぞき見るような懐かしい、あるいはアットホームな心地よさがある。彼女の大先輩であるグリーグの抒情曲集や「ホルベルグの時代より」、あるいは「ソルヴェーグの歌」を思わせる童話の中のリリシズムが乗り移るようにしてある。ここでも、ブリテンや時にヴォーン・ウィリアムスの作風を彩る英国的風土を背景にした厳しい自然や歴史のたたずまいをしのばせるノーマ・ウィンストンの詩的表現と対照的であるがゆえに、クローグの人なつっこい、しかし決して知的にひねり出した難解さとは無縁のロマンティックですらある抒情的感性が、このアルバムでのどの曲にも横溢するようにしてある。
本作は、同じスタンダード曲でもジャズメンの作曲になるオリジナル曲に歌詞をつけたジャズ・スタンダードを中心に構成しているのが特徴。たとえば、(2)がカーラ・ブレイ、(4)がケニー・ドーハム、(5)がミシェル・ルグラン、(7)がボブ・ドロー、(8)が<ロータス・ブロッサム>の原題でよく知られるビリー・ストレイホーン、(9)がタッド・ダメロンの<ソウルトレーン>、(10)がセロニアス・モンク、(13)がジミー・ウィザースプーン、の8曲。6曲(1、3、6、9、11、14)が通常のスタンダード曲という構成。クローグ自身が寄せた一文の中でボブ・ドローらによるジャズ・スタンダード曲への讃美が、8曲の彼女ならではの好唱によって見事に裏付けられていくという、その意味でもスリリングな新作。
スティーヴ・キューン(録音当時75歳)が老い?を露ほども感じさせない、これまたフレッシュな演奏でクローグを守り立て、ヴェテランらしい細部にまで目配りした好ましい演奏でバックアップする。(8)(14)でのワン・コーラスのソロをはじめ、60年代後半以来の両者の親しい交友ぶりを物語る素敵な演奏だ。3曲にテナーのエリック・アレキサンダー、2曲でルー・ソロフが客演して両者を盛り上げる(<トレイン>では両者が参加)。とはいえ、両ゲストの参加はなくてもよかったのではと陰口を叩きたくなるくらい、クローグとキューンの心にしみる会話を楽しむとともに、クローグのけだるさを漂わせた若やいだ唱法で語るお伽の世界を満喫した1作だった。(悠 雅彦)
関連記事:
カーリン・クログ・インタビュー
http://www.jazztokyo.com/interview/interview132.html
編集部註:Karin Krogは国内盤のカタカナ表記はカーリン・クローグとなっていますが、204号掲載のインタビューでは実際の発音にならってカーリン・クログと表記しました。
悠 雅彦 Masahiko Yuh
1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、朝日新聞などに寄稿する他、ジャズ講座の講師を務める。共著『ジャズCDの名盤』 (文春新書)『モダン・ジャズの群像』『ぼくのジャズ・アメリカ』(共に音楽之友社)他。本誌主幹。
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
:
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
:
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
:
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄
Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.