#  1170

『チコ本田/ライヴ アット ラブリー バラッドナイト』
text by Yumi Mochizuki


KUKU LABEL KUKU-0005
定価:2593円(本体+税)

チコ本田(vo)
竹内直(ts)
吉田圭一(p)
荒巻茂生(b)
江藤良人(ds)

1. Embraceable You(Ira Gershwin, George Gershwin)
2. Travellin' Light(Johnny Mercer, Jimmy Mundy, Trummy Young)
3. Wild is the Wind(Ned Washington, Dmitri Tiomkin)
4. And I Love Her(John Lennon, Paul McCartney)
5. You are so Beautiful(Dennis Wilson, Billy Preston, Bruce Fisher)
6. But Beautiful(Johnny Burke, Jimmy Van Heusen)
7. You've Changed(Bill Carey, Carl Fischer)
8. Imagine(John Lennon)
9. それはスポットライトではない(Gerry Goffin, Barry Goldberg 日本語詞:浅川マキ)
10. God Bless the Child(Billie Holiday, Arthur Herzog Jr.)
11. What's Going on(Al Cleveland, Marvin Gaye, Renaldo Benson)

録音:2013年9月14日、15日 名古屋jazz inn LOVELY
プロデューサー:惣野裕史
エンジニア:長江和哉

 新作『チコ本田/ライヴ アット ラブリー バラッドナイト』(KUKU LABEL)のチコからはありのままのチコの姿が浮かび上がる。昨年は映画『アナ雪』の大ヒットで「ありのままで」が流行語大賞にノミネートされたがチコはそのずっと前からありのままであり続けているのである。

 大晦日の夜、ガーシュィンの<Embraceable You>を何曲か聴いた。はじめにダイヤル盤のパーカー。次にオーネットの『THIS IS OUR MUSIC』(ATLANTIC)。そして除夜の鐘の鳴るころビリー・ホリデイ『Body and Soul』(VERVE)を聴き、年が明けてチコ本田の(1)<Embraceable You>を聴いた。パーカーもオーネットも素直に心を開いている。ビリーは思ったより濃厚だったがやはりいい。なぜガーシュインのこの曲は人の心を開かせるのだろうか、曲の力を強く感じる。
 そしてチコの声が艶めかしい。少女の無垢な夢を唄声の奥からのぞかせる。ビリーとは違ったチコの人となりがさりげなく表出されていて、チコの粋な世界が伝わる。

 チコの新作はタイトルどおりバラード集。バラードはスイングとかモダンとかフリーと云うスタイルを超越したところで時をとめて歌い継がれてきた。チコも半世紀を超える歳月を唄一筋にかけてきた中でバラードとブルースにその生活の大半を捧げてきたが、ここにはチコの数多くのレパートリーの中から長く歌い継がれてきた選りすぐりのバラードが詰まっている。

 曲はガーシュインからジョン・レノン、マーヴィン・ゲイなど多岐にわたっていてそのどれもがチコの得意とする曲ばかりだが、とりわけビリー・ホリデイのレパートリーが4曲入っているのがいかにもチコらしい。(1)<Embraceable You>はビリーの『BODY AND SOUL』(VERVE)でよく聴いた。ちょっと聴くとビリーの唄はみな同じように聴こえる、しかし、ひとたび中に入ればそこには一人の女性の秘めやかな世界がごく自然に等身大で浮かび上がる。
 そしてチコの唄には魂がある、音の魂。以前、チコの記事を書いた時に音魂と表現したことを思い出したが、ここでもチコのソウルがあふれている。ビリーにオブリガードを付けるのはベン・ウエブスター(ts)、サブトーンを効かせて悠々とリードを鳴らす。一方のチコのステージは竹内直(ts)。竹内直の音には長年にわたってチコを支えてきた信頼感があり至上の愛にあふれている。初めは歌の間奏でもあり、クールにかまえていた直も中途から激情を抑えきれずついにシェップのバラードのように咆哮する。これこそ、竹内直の真骨頂である。このアルバムは直のバラード集とサブタイトルにつけてもよいほど直のサポートがすばらしい。
(2)<Travellin' Light>はチコの36年前のファースト・アルバム『CHIKO』(AKETA'SDISK、1979)でも歌っているビリー・ホリデイ曲。歌い込むということはこういうことかとジーンと胸にくる。(6)<But Beautiful>をビリーの『LADY IN SATIN』(CBS)で聴く、身につまされる。しかし、ここでのチコはもっと優しく歌う。
 ゲイリー・ゴフィンの(9)<それはスポットライトではない>をチコは浅川マキの日本語詩で歌う。チコが日本語で歌うのは珍しい。浅川マキは奇しくも2010年1月17日、ここ「jazz in LOVELY」の3DAYS公演の途中、滞在先の名古屋のホテルであの世へ旅立つ、67歳、急性心不全。この突然の訃報は関係者に衝撃を与えた。チコは同じ「jazz in LOVELY」のステージに立ち、鎮魂の気持ちを込めてマキの詩を歌ったのかもしれない。
(10)<God Bless the Child>もビリー・ホリデイの曲。荒巻茂生(b)のグルーヴィーなベース・ソロで始まる。荒巻も長年チコと行を共にし、チコを支えた一人でソロにバッキングにとチコのステージの屋台骨になっている。
 エンデイングは今やチコの代名詞になったマーヴィン・ゲイの(11)<What's Going on>。チコは「jazz in LOVELY」に集ったファンと一体となって“What's Going on”と合唱し大いに盛り上がって終わる。

 渡辺貞夫(as)を兄に、渡辺文男(ds)を弟にもち、本田竹広(p)との間に本田珠也(ds)を授かるという正にジャズの申し子のような血筋のチコ本田が半世紀にわたって探し求めてきたもののひとつがバラードである。これまでほとんどのアルバムがライヴ録音である。チコはいつも聴き手の反応を糧に唄ってきた。アルバム『チコ本田/ライヴ アット ラブリー バラッドナイト』は「jazz in LOVELY」でのレギュラーグループとのライヴ録音と云うチコの最も得意な設定の中、若いころからずっと歌い続け、熟成してきたバラードを全身全霊で気持ちを込めて歌う姿が鮮やかに描かれている。(望月由美)

望月由美 Yumi Mochizuki
FM番組の企画・構成・DJと並行し1988年までスイングジャーナル誌、ジャズ・ワールド誌などにレギュラー執筆。フォトグラファー、音楽プロデューサー。自己のレーベル「Yumi's Alley」主宰。『渋谷 毅/エッセンシャル・エリントン』でSJ誌のジャズ・ディスク大賞<日本ジャズ賞>受賞。

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