# 1175
『Kenny Wheeler / Songs for Quintet』
text by Hideo Kanno
ECM2388 |
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Kenny Wheeler (flgh)
Stan Sulzmann (ts)
John Parricelli (g)
Chris Laurence (b)
Martin France (ds)
1 Seventy-Six
2 Jigsaw
3 The Long Waiting
4 Canter No.1
5 Sly Eyes
6 1076
7 Old Time
8 Pretty Liddle Waltz
9 Nonetheless
Recorded December 2013 and mixed September 2014 at Abbey Road Studios, London
Engineer: Andrew Dudman
Assistant: Toby Hulbert
Mastering: Frank Arkwright
Cover photo: Fotini Potamia
Liner photos: Caroline Forbes
Design: Sascha Kleis
Produced by Manfred Eicher and Steve Lake
An ECM Production
ケニー・ホイーラーの現在進行形のラストレコーディングを聴く
ケニー・ホイーラーの85歳の誕生日にあたる2015年1月14日にヨーロッパでリリースされた『Songs for Quintet』。1930年1月14日、カナダ・トロント出身に生まれ、イギリスに渡って活躍したトランペット、フリューゲルホーン奏者、作編曲家のケニー・ホイーラーは2014年9月18日に亡くなった。享年84。ECMに残されたこのアルバムは2013年12月にロンドン、アビーロードスタジオで録音され、ラストレコーディングとなった。プロデュースはマンフレート・アイヒャーとスティーヴ・レイク。ミキシングとマスタリングを終えた2週間後にケニーの訃報を聞いたという。
ECMを代表するミュージシャンのひとりと認識されるケニーだが、直近のアルバムは1997年9月および1998年1月に録音された『Long Time Ago』(ECM1691)、で、ECMでのリーダー作録音は実に16年ぶりとなる。ケニーとECMの出会いは、1970年にチック・コリアがマンフレート・アイヒャーに勧めたことに始まり、1975年6月に『Gnu High』(ECM1069)をキース・ジャレット、デイヴ・ホランド、ジャック・ディジョネットとともに録音。その後『Dear Wan』(ECM1102, 1977)、『Around 8』(ECM1156, 1979)、『Double, Double You』(ECM1262, 1983)、『Music for Large and Small Ensembles』(ECM1415/16, 1990)、『The Widow in The Window』(ECM1417, 1990)、『Angel Song』(ECM1607, 1996)、『A Long Time Ago』(ECM1691, 1997-1998)と今回を含め9つのリーダーアルバムを残した。ジョン・テイラー、ノーマ・ウィンストンとのアジマスとしては、1977年の『Azimuth』(ECM )以来計5枚を残し、その他にサイドとしてデイヴ・ホランド・クインテットをはじめ多数のECM作品に参加している。このアルバムには写真を含むディスコグラフィーが冊子としてついていることも付記しておこう。ファンなら迷わず初プレス盤を買っておきたい。
この『Songs for Quintet』には、ケニー作曲の9曲が収められ、主として最近作曲されたものであり、これらのオリジナリティに溢れた美しい曲を作り続けていたことに感銘を受ける。その中にあって2曲、1990年代の作品を取り上げている。<Old Time>は、1994年4月に録音された『Azimuth / How it was then…never again』(ECM1538)において、ジョン・テイラーがピアノを搔き鳴らし、ノーマ・ウィンストンがブルージーに歌っていた<How it was then>の別ヴァージョンに当たり、モーダルなハーモニーのなかでケニーがクールなソロを展開する。1996年録音の『Angel Song』に収められた<Nonetheless>も新たな感覚で演奏されている。
トランペット、フリューゲルホーンは残酷な楽器だ。唇が、身体が発音体であるため、身体の衰えや老いを隠すことができない。ケニーも往年のストレートな鳴りはないし、弱々しさは否めない。だが驚くべきことに物理的な衰えを超え、そのサウンドと表現には説得力と溢れ出るイマジネーションがあり、弱まった自身のフリューゲルの響きすらその美しさを理解しコントロールしており、音のゆらぎも単なる不安定さではなく、ECMのギタリストが多用するような浮遊感に富んだサウンドへと導かれる。気心が知れたスタン・ズルツマンのサックスと、ジョン・パルセリのギターが、ケニーのフレーズをリレーのように受け止め、包み込む。クリス・ローレンスのベースとマーティン・フランスのドラムスがテクスチャーと空間を創り、5人が有機的に反応し合って美しいサウンドに昇華させていく。なお、スタンは、私が最も好きなケニーの曲<Everybody’s Song But My Own>を含む『Flutter By Butterfly』(Soul Note,1988)でサックスを演奏しているという点で特別な存在だ。
ケニーは衰えない研ぎ澄まされた感性とクリエイティヴィティ、表現力を持ち続けてレコーディングに臨むことができた。これは、盟友ノーマ・ウィンストンが声の伸びが以前ほどなくなっているにしても表現力はより増していることと共通する。曲のストーリーと構造とハーモニーを極限まで理解し、最適な立ち位置で演奏し、その理解者とともに演奏することで、物理的能力の低下を超えて奇跡の音楽が生まれる。そして演奏は過去の焼き直しではなく、新しい響きとインパルスに満ちている、たとえば、そのままヴィレッジ・ヴァンガードで演奏しても、新しい世代が創っている現在進行形の音と比べて遜色なく、時代とも響き合う。
おそらくミキシングとマスタリングにもECMのスタンダード以上の細心の注意が払われたことと思う。マンフレート、スティーヴ・レイクに加え、録音メンバーのうち3人がミキシングに立ち会ったという。私に専門的な表現はできないが、ケニーをはじめそれぞれのミュージシャンが深い調和の中にあって鮮烈に浮かび上がり、その空間を再現していることに心を打たれる。
このレコーディングはケニーのまとまった演奏の機会としてもほぼ最後となったと考えられる。亡くなる9ヵ月前に83歳にしてこれだけのクオリティーのアルバムを残してくれたことはファンとしてとても嬉しい。『Double, Double You』(ECM1262)で共演したマイケル・ブレッカーも死期を悟りながら『Pilgrimage』(Heads Up)を最期の力を振り絞って創り出した。そして、ケニーの頭の中ではさらに新しい音楽が止まることなく生み出されていて、表現されないまま天国へ持って行ったに違いない。それは本人にもファンにもとても無念なことではあるが、亡くなるまで新しい音への創作を止めなかった姿こそ、ケニーなりの天寿を全うしたと考えたい。その素晴らしい音楽人生の最期をECMが看取ったということを最上の喜びとしたい。(神野秀雄)
【関連リンク】
Kenny Wheeler / Songs for Quintet (ECM2388)
http://ecmrecords.com/Catalogue/ECM/2300/2388.php
ECM Player “Old Time”
http://player.ecmrecords.com/wheeler-2388
【JT関連リンク】
追悼 ケニー・ホイーラー
http://www.jazztokyo.com/rip/wheeler/wheeler.html
ノーマ・ウィンストン・トリオ 新宿ピットイン
http://www.jazztokyo.com/best_cd_2014b/best_live_2014_inter_04.html
http://www.jazztokyo.com/live_report/report724.html
『Norma Winstone /Dance Without Answer』
http://www.jazztokyo.com/five/five1096.html
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© Caroline Forbes, ECM Records | © Caroline Forbes, ECM Records | © Caroline Forbes, ECM Records |
神野秀雄 Hideo Kanno
福島県出身。東京大学理学系研究科生物化学専攻修士課程修了。保原中学校吹奏楽部でサックスを始め、福島高校ジャズ研から東京大学ジャズ研へ。『キース・ジャレット/マイ・ソング』を中学で聴いて以来のECMファン。東京JAZZ 2014で、マイク・スターン、ランディ・ブレッカーとの”共演”を果たしたらしい。
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#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
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