#  1202

『Harris Eisenstadt/Golden State II』
text by Takeshi Goda


Songlines Recordings - SGL 1610-2

Harris Eisenstadt (ds)
Michael Moore (cl)
Sara Schoenbeck (bassoon)
Mark Dresser (b)

1. The Arrangement Of Unequal Things
2. Seven In Six / A Particularity With A Universal Resonance
3. A Kind Of Resigned Indignation
4. Agency
5. Gleaning

Composed by Harris Eisenstadt

管楽器には金管と木管がある。楽器の素材が金属製か木製かには無関係というが、実に紛らわしい分類である。高校のブラスバンド部のパート練習は打楽器、金管、木管に分かれていた。サックスは金属製だが木管グループである。純木製(100% Pure Wood)のクラリネットやオーボエ、金属製だが細くてスマートなフルートやピッコロといった直線管楽器に対して、U字型真鍮のサックス隊は、文字通り捻くれた変わり者集団のようだった。”ストレート”な木管楽器群の中で、大きさと木目の美しさでひときわ高貴なオーラを放っていたのがバスーンだった。大きさだけなら自分のバリトン・サックスも負けていないが、塗装の剥げた錆色の管が不格好に曲がりくねった様は、どう見てもノートルダムの鐘衝き男カジモドだった。仲間だと思っていたバスクラリネットも、バスーンの隣で余裕の笑みを浮かべていた。

しかしポピュラー音楽、特に即興音楽に於いてはサックスこそ花形。ブラバン時代の鬱憤を晴らすかのように、センターで吹き捲くるサックス奏者の顔は、晴れ晴れと輝いていた。そんな即興ジャズ・シーンに突然バスーンとクラリネットが乱入した。贅を尽くした上流階級専用倶楽部の木目の舞台に大人しく座っていればいいものを、何故また喧騒の街ブルックリンの極端音楽家の隠れ家に紛れ込んだのか。訝しむ気持ちを抑えてお手並み拝見と洒落込んだら、優雅な美貌の内に狂気を孕んだ崖っぷちのバランス感覚に驚愕しつつ魅惑され、過去は忘れて、即興義兄弟の契りを結んだ。

そんな妄想に耽るほど『ゴールデン・ステートII』の音楽は想像力を刺激する。筆者の場合は高校時代の想い出だったが、聴き手によって喚起されるイメージは様々だろう。リーダーのハリス・アイゼンシュタッドは、1975年カナダのオンタリオ生まれのドラム奏者/作曲家。ニューヨーク、ロサンゼルス、アフリカのガンビアに住んで、ジャズや即興音楽だけでなく、アフリカ音楽や舞台音楽、オーケストラの作曲などを手がけてきた。これまで50作を超えるレコーディング作品に参加し、リーダー作も15作を数える。現在はブルックリンをベースに活動する。

2012年にハリスとバスーン奏者の妻サラ・シェーネベックがカリフォルニア芸術協会のレジデンシーでロサンゼルスに滞在した時に、クラシカルな楽器を即興音楽と融合しようと考え、南カリフォルニア在住のマーク・ドレッサー(b)とニコル・ミッチェル(fl)と結成したのがゴールデン・ステート(カリフォルニア州の別称)だった。その編成で2013年に1stアルバム『Golden State』(Songlines)をリリースし高評価を得る。2014年にカナダの夏フェス・ツアーを企画するが、ニコルが参加できず、代わりにアムステルダム在住のベテラン・リード奏者マイケル・ムーアがクラリネットで加わった。そのカナダ・ツアーの最終日、ヴァンクーヴァー・インターナショナル・ジャズ・フェスティバルでのステージを収めたのが本作。

バスーンとクラリネットの室内楽的響きが、アルコも使うベースの馥郁たる低音と共鳴し、柔軟なドラムのリズムに導かれて、次第に道を踏み外して行く様子が、ハリスの有機的なコンポジションで描き出される。作曲と即興/ソロとアンサンブルの境界線が曖昧になり、現実と仮想/正気と狂気/肉体と幽体が渾然一体となって聴き手を包み込む。四本の糸に絡み取られた聴き手の魂は、夢想の世界に誘(いざな)われ、演者と聴者の関係すら暮夜けて、黄金色に染まって共振する。異なる楽器の格闘技ではなく、異なるからこそ生まれるスポンテニアスな交歓の歓びと興奮を呼び起こす作曲センスは、ハリスのドラマーならではの包容力とバランス感覚の証である。(剛田武)

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剛田 武 Takeshi Goda
1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。レコード会社勤務。
ブログ「A Challenge To Fate」 http://blog.goo.ne.jp/googoogoo2005_01

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