#  1204

『Jakob Bro Trio/Gefion』
text by Masanori Tada


ECM 2381

Jakob Bro (guitars)
Thomas Morgan (double bass)
Jon Christensen (drums)

01. Gefion 10:33
02. Copenhagen 4:24
03. And they all came marching out of the woods 4:30
04. White 5:09
05. Lyskaster 4:14
06. Airport Poem 3:28
07. Oktober 4:17
08. Ending 2:46

Recorded at Rainbow Studio, Oslo in November 2013.
Engineered by Jan Erik Kongshaug
Produced by Manfred Eicher.

昨年10月に来日公演をしたヤコブ・ブロ・トリオ。来日記念盤になるはずだった本盤が、ちょっと遅れて届いた。

これは聴き逃されてはならない。

1曲目、タイトルトラック、「ゲフィオン」、10分33秒。

音数少なく、バラッド。そこはかとなき残響音の中から立ち上がってくるような、ギターのつまびき。いつものECMらしいですか?

ちょうどリリース前ではあるけれど、御大菊地雅章がベース2台とタイコとのカルテットでのイルク盤音源が手元にある。単純なのに「その手があったか!」という編成だが。この集中した強度のジャズを、知らない。一音で、一撃で、放たれる、兆候だけによる殺し合い。真の武道家は、ほんのわずかな兆候だけで、相手の攻撃の射程を読み切る、読み殺す。棋士は、ひとつの駒の動きから前後十数手の射程を読み切る、読み殺す。その音は、その音だけではない。前後の音との間合い、相手の音との無限の可能性と偶然と必然の驚愕、の、持続。・・・何を言っているのだ。これを聴くと、他のジャズは、説明しすぎ、くだらないことを喋りすぎ、言いわけだらけ、クリシェのかたまり、時間の浪費に、ほんとうに付き合ってらんない。トーマス・モーガンは神だ。共演する者はみんなわかっている。ジャズというのは、ここを巡る歴史であるのに、いろんな着色料や甘味料で聴き手の脳をダメにするものばかりがもてはやされている。

「ゲフィオン」もイルク盤音源も、ともにベースはトーマス・モーガンであるが、そのことが重要なのではなく、聴いたイメージはおそらく異なるように思われる、つまり前者はスローなバラッドのように、後者は抽象度の高いアヴァンギャルドジャズに聴こえるかもしれない、が、両者はその集中した演奏意識において、まったく同じ強度である。

まったく怖ろしい事態である。この二枚がジャズ・シーンの年間ベストのツートップだと、いったんここで断言させていただきたい。

デンマーク出身のギタリスト、ヤコブ・ブロ、37さい。ポール・モチアンのエレクトリック・ビバップ・バンドで研鑽し、頭角を現わす。『Balladeering』、『Time』、『December Song』という三部作で、リー・コニッツ、ポール・モチアン、ビル・フリーゼル、クレイグ・テイボーン、トーマス・モーガンらとの新感覚のインプロヴァイズド・クール・ジャズを繰り広げてシーンを圧倒する。メジャーなレーベルでの制作ではないためメディア露出は少なく、日本では輸入盤屋で熱く迎えられたに過ぎない、店員によって、リスナーによって。

これを、ECM総帥マンフレート・アイヒャーが目につけないわけがなく。なんとなれば、この表現の領域はジャズ史においてECMアイヒャーが開拓した土壌であると言ってあげてもよいし、この果実はオレのもんだろ、と、この俊英ヤコブ・ブロを嫉妬混じりに捕獲しただろうことは想像に難くない。

だが、前述三部作を支えたモチアンは世にいない。ここは伝家の宝刀、ECMのハウス・ドラマーであるヨン・クリステンセン、しかし、クリステンセンも老境71さい、足を痛めてめっきりこのところ出番が少ない、大丈夫なのか。それに、ECMアイヒャーに、三部作に匹敵する制作は可能なのか、菊地雅章『サンライズ』で21世紀の扉を開けたと称された“集中した意識”によるジャズは可能なのか。そもそも『サンライズ』はモチアンが曲順変えて菊地を説得して、モチアンが逝去して東日本大震災が起こって、なんとかリリースが叶ったという難産ぶりからして、ECMアイヒャーはわかってない可能性が高いだろ。ECMのヤコブ・ブロ獲得は、わたしにとっては落胆混じりの期待にしかならなかった。

そして届いた『ゲフィオン』。

いつものECMらしいですか?

ポピュラー・ソングのような旋律を、ブロは、その繊細なコントロールでハートフルにつまびいています。ですが、この演奏の深さと強度は、地獄の釜を覗くようなものなのです。

やはり、ベースのトーマス・モーガンなのでしょうか。はい、皇帝トーマス・モーガンを聴くアルバムです。え?ほんとにそうなんです、か?

(多田雅範)

【関連記事】
来日直前インタヴュー Jakob Bro/ヤコブ・ブロ
http://www.jazztokyo.com/interview/interview129.html

Live Evil #004 Jakob Bro Trio 
2014.10.04 @渋谷・公園通りクラシックス text & photo: 稲岡邦弥
http://www.jazztokyo.com/column/liveevil/002.html#liveevil004

及川公生の聴きどころチェック223
『Jakob Bro Trio/Gefion』
http://www.jazztokyo.com/column/oikawa/column_223.html

多田雅範 Masanori Tada / Niseko-Rossy Pi-Pikoe。
1961年、北海道の炭鉱の町に生まれる。東京学芸大学数学科卒。元ECMファンクラブ会長。音楽誌『Out There』の編集に携わる。音楽サイトmusicircusを堀内宏公と主宰。音楽日記Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review。

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