# 1206
『Keith Jarrett Samuel Barbar / Bela Bartók / Keith Jarrett』
『キース・ジャレット/バーバー:ピアノ協奏曲、バルトーク:ピアノ協奏曲第3番』
text by Hideo Kanno
ユニバーサル クラシックス&ジャズ UCCE-2089 2015年5月6日発売 ECM New Series 2445 2015年5月8日発売予定 |
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Keith Jarrett (Piano)
Samuel Barber: Piano Concerto op. 38
1. Allegro appassionato
2. Canzone. Moderato
3. Allegro molto
Saarbrucken Radio Symphony Orchestra
Dennis Russell Davies
Concert recording, June 3, 1984 at Congresshalle, Saarbrücken
Tonmeister: Helmut Fackler
Balance engineer: Helmut David
Bela Bartók: Piano Concerto No. 3
1. Allegretto
2. Adagio religioso
3. Allegro vivace
Nothing But The Truth (Tokyo Encore)
Kazuyoshi Akiyama and the New Japan Philharmonic Orchestra
秋山和慶指揮、新日本フィルハーモニー交響楽団
1985年1月30日東京・簡易保険ホール 「Tokyo Music Joy」より
Concert recording, January 30, 1985 at Kan’i Hoken Hall, Tokyo,
as part of Tokyo Music Joy Festival
Engineer: unknown
Concert promoter: Toshinari Koinuma
Cover painting: Mayo Bucher
Design: Sascha Kleis
Mastered at MSM Studios by Christoph Stickel
Executive producer: Manfred Eicher
An ECM Production
「Tokyo Music Joy」は、1985〜1991年に武満徹を音楽監督に鯉沼ミュージック主催で開催されたコンサートシリーズで、ジャズとクラシックとその先を結ぶ計30回以上の公演が行われた。第1回のうち1985年1月30日「An Evening with Keith Jarrett」後半がこのアルバムの後半となる。前半は何が演奏されたかというと、バッハ<フランス組曲>、次いでクラシック的に作曲されたキースの作品<Sonata for Violin and Piano>、<Adagio for Oboe and String Orchestra>、<Elegy for Violin and String Orchestra>など。これらは『Keith Jarrett / Bridge of Light』(ECM NS1450)として後にあらためて録音された。そして休憩をはさんで、ベーラ・バルトーク(1881-1945)の<ピアノ協奏曲第3番>が秋山和慶指揮、新日本フィルハーモニー交響楽団とともに演奏された。今年5月8日のキース70歳の誕生日にあわせて、自分がその場にいて感動を共にしたコンサートの記録がリリースされることはとても嬉しい。なお2月1日には、モーツァルト<ピアノ協奏曲23番 イ長調>、チック・コリアとともにモーツァルト<2台のピアノのための協奏曲 変ホ長調>が演奏されたことも付記しておきたい。
バルトークは1945年に白血病と闘いながら<ピアノ協奏曲第3番>を書き続け、最後の17小節を残して9月26日にニューヨークで没する。キースは1945年5月8日にアレンタウンで生まれる。バルトークの生命とキースの生命は第二次大戦の終結を挟みながら<第3番>のスコア上で交叉する。39歳のキースが演奏した時点で39年前の作品でありクラシックとしてはとても若い。キースのセルフライナーノーツによると、幼いときについた音楽の先生はキースにクラシックに真剣に取り組むだけの特別な才能を見いだすと、楽器を一つに絞り集中することを勧めた。キースがピアノを選ぶと、ペダルを使うことを禁じ、バルトークの楽譜だけを与えたという(文中で
両手のユニゾンから始まり、明朗でスピード感があり”かっこいい”フレーズが続く第1楽章。それだけに自分なりの表現が難しくもあるがキースのピアノはバルトークの魂とグルーヴをしっかりつかみ、うつろっていく弦のハーモニーと美しく溶け合う。
キースの真骨頂を魅せるのは第2楽章での情熱を静かにこめた演奏だろう。ゆったりと哀愁を感じさせるハーモニーの中でキースのピアノが歌い上げる。ここではバルトークを借りてキース自身の歌が聴こえてくる。<第3番>の懐は思った以上に深いことに気付かされる。バルトークとキースに触発されながら、大きすぎるふたつの存在を結びつける大役を果たす秋山和慶と新日本フィルハーモニー交響楽団もさすがだ。
弦、木管、金管のフレーズが絡み合い、打楽器が活躍する第3楽章にあって、曲の構造とバルトークの想いを十二分に理解したキースのピアノがオーケストラの中心で躍動し、バルトークの生命を引き継ぐように歓喜のクライマックスへ。そして観客は惜しみない拍手で讃え、オーケストラの団員が賞賛する音も明確に聴こえる。
そしてアンコールにソロで演奏された<Nothing But The Truth>。「ささやかなボーナスとして、バルトークの後に即興演奏でのアンコールをつけました。(バルトークとは関係ないですが)私自身、特別に美しい演奏であると思っています。」とキース自身がセルフライナーノーツに書いている。他のキースのソロ小品がヨーロッパ的な風景や祈り、ときにアメリカの大地を連想させるのに比べて、不思議と日本の田園風景や昭和の街並みを思い浮かべさせた。日本の懐かしい歌にもあるシンプルな進行も見え隠れしているので、個人的な感傷だけではないと思う。またJazz Tokyoのインタビューでもキースは演奏にあたって「具体的なコンセプトは特に用意しないが、『自分が今何処にいるか』という事は、常に意識に把握させておく」と語っている。ハンガリーの魂からニューヨークを経て、日本を感じるアンコールへ、その場では漠然とした感動であったが、30年を経て録音で繰り返し聴いてもやはり特別なコンサートであり、感動を新たにした。
『Samuel Barbar / Bela Bartok / Keith Jarrett』の原題通り、アルバムではアメリカの作曲家サミュエル・バーバー(1910-1981)のピアノ協奏曲が先だ。思い出からバルトークを先に語ったが、マンフレート・アイヒャーが選んだ曲順も尊重しなくては。この協奏曲は1962年にリンカーン・センター・エイヴリー・フィッシャー・ホールの杮落としのシリーズで初演された。なおバーバー作品としてはこの他<弦楽のためのアダージョ>の演奏の機会が多い。フランス国境に近いザールブリュッケンで1984年6月3日に開催された「20世紀の音楽」というプログラムで、デニス・ラッセル・デイヴィース指揮、ザールブリュッケン放送交響楽団による録音だが、まさに20世紀的なエッセンスをふんだんに取り込みながらロマンチックに仕上げられた曲という印象があり、ピアノはパーカッシブで不協和音が多く織り交ぜられているが、かといって観客が居場所を見失うことなくエンターテインメントして十分楽しめる構成だ。もちろんバーバーが大衆受けを狙ったという意味ではなく、彼なりの表現の結晶である。1960〜70年代の現代音楽ファンにはぬるいかもしれないが、50年を経てその意義は分かる気がする。それだけに演奏がそこそこのものかつ陳腐になる危険性を秘めているが、バーバーの意図を汲み取りながら、キースの卓越した表現力で生命を与え楽曲のイメージを膨らませることに成功している。
時系列を振り返ると、1979年5月、ヴィレッジ・ヴァンガードでの『Nude Ants』(ECM1171)ライブをもって、ヤン・ガルバレク、パレ・ダニエルソン、ヨン・クリステンセンとのヨーロピアンカルテットを解散、1980年からソロをメインにするが、1984年1月に『Last Solo』となる。1983年9月にヴィレッジ・ヴァンガードで、ゲイリー・ピーコック、ジャック・ディジョネットとのスタンダーズトリオの初ライブ。そして『Standards Vol.1』『Vol.2』『Changes』(ECM1225, 1289, 1276)をリリース。1984年6月にこのバーバーの協奏曲があり、1984年10月〜11月にはクラシックのピアノソロコンサートを多数行う。1985年をキースの作品とバルトークとモーツァルトで迎える。1985〜86年にはさまざまな楽器を自ら演奏した『Spirits』(ECM1333-34)、『No Ends』(ECM2361-62)を録音する。しばらくトリオの活動のみとなるが、1987年5月のエイヴリー・フィッシャー・ホールからソロを再開する。1980〜1987年はキースにとって過渡期にあり、キースは自分の中に「1980年代にはその後繰り返されることのない何か特別なことが起こっていた」と語っていて創作意欲も高まっていたとも言える。それまでのファンには戸惑いがあったし、キースを異端と見なし冷たかったジャズ誌や評論家がスタンダードを演奏したら突然好意的にもなった。バルトーク<第3番>もすぐにリリースして欲しかったが、時代を経て、70歳の誕生日に届けられ、1980年代を振り返るのも悪くない。2014年11月、ニュー・ジャージー・パフォーミング・アーツ・センターでトリオのコンサートでキースの健在ぶりを見ることができ、そして30年前と今を想いながら、キースと同じ時代に生きる喜びをあらためて噛み締める。Happy Birthday, Keith!
Keith Jarrett © Rose Anne Colavito / ECM Records
【関連リンク】
keithjarrett.org - An unofficial website about jazz pianist Keith Jarrett
http://www.keithjarrett.org
鯉沼ミュージック
http://www.koinumamusic.com
【JT関連リンク】
Keith Jarrett Interview (by 須藤伸義/稲岡邦弥)
http://www.jazztokyo.com/interview/interview126.html
Keith Jarrett / Creation 〜2015年5月6日発売 (text by 多田雅範)
http://www.jazztokyo.com/five/five1195.html
キース・ジャレット / ゲイリー・ピーコック / ジャック・ディジョネット トリオ結成30周年記念コンサート 2013年5月6日
http://www.jazztokyo.com/live_report/report529.html
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Creation (ECM 2450) | Bridge of Light (ECM NS1450) | Mozart: Piano Concertos K. 467, 488, 595 (ECM NS1565) |
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Mozart: Piano Concertos K. 271, 453, and 466 (ECM NS1624) |
Bach: The French Suites (ECM NS1513-14) |
神野秀雄 Hideo Kanno
福島県出身。東京大学理学系研究科生物化学専攻修士課程修了。保原中学校吹奏楽部でサックスを始め、福島高校ジャズ研から東京大学ジャズ研へ。『キース・ジャレット/マイ・ソング』を中学で聴いて以来のECMファン。東京JAZZ 2014で、マイク・スターン、ランディ・ブレッカーとの”共演”を果たしたらしい。
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
:
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
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#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
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#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
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