#  1208

『明田川荘之/ライヴ・イン・函館「あうん堂ホール」』
text by Yumi Mochizuki


AKETA’S DISK
MHACD-2646

明田川荘之 (p、オカリーナ)
大谷内愛史 (ss) on (2)、(3)

1.吹けよ風(坂口博樹)
2.マイ・フェイヴァリット・シングス(R・Rodgers)
3.アイ・シュッド・ケア(S・Carn、A・Stordahl、P・Waston)
4.アフリカン・ドリーム(明田川荘之)

プロデューサー:明田川荘之
コ・プロデューサー:川井正樹(あうん堂)
エンジニア:川井正樹(あうん堂)
マスタリング:島田正明 (株)アケタ
録音:2013年10月24日 函館“あうん堂ホール”にてライヴ・レコーディング

 先日、西荻の裏通りを歩いていた時に偶然アケタさんと出会い立ち話となった。
 親しみ深く気さくな会話からは円熟と云う境地にさしかかっている紳士の姿があった。しかし、こと演奏となるとピアノと格闘する血気盛んな若者になる。これこそがアケタの真骨頂である。

 これまで自店「アケタの店」でのライヴ録音が多かった明田川荘之だが、本作は函館の多目的ホール「あうん堂ホール」でのライヴ録音である。

 基本は明田川のピアノとオカリーナのソロ演奏で、そのうちの2曲にサックスの大谷内愛史(ss)が加わる。デュオというよりはむしろアケタのソロにサックスが闖入すると云った感じの二人の共演である。

 アケタ自らが書いたライナー・ノーツによると「あうん堂ホール」は、その前身の「トップ・オブ・ザ・ゲイト」の頃からかれこれ40年近くこの地を訪ね演奏しているというお気に入りのホールで適度な残響など音の響きが気に入り、かねがねここでレコーディングしたいと思っていたもので、エンジニアで三代目オーナーの川井正樹さんの協力を得て実現したもの。ビルの地下一階、コンクリート打ちっぱなしの「アケタの店」での地底から地響きを立てて西荻の街を埋め尽くすピアノもいいが、地上二階、板張りの多目的ホールでのペダルの余韻も生々しいクリーンなピアノも新鮮そのもの、アケタの唸り声もいつにもまして艶めかしく「アケタの店」の音とはひと味違ったサウンドで明田川荘之の世界が展開している。

 2曲に登場するサックスの大谷内愛史(ss)を聴くのは実は今回が初めて。函館のカフェ「cafe fermata」のオーナーで、函館の各種イベントで演奏活動をされているほか「板橋文夫FIT!」等、函館を訪れるミュージシャンとも共演している知る人ぞ知る函館のレジェンドのようだ。上京のおりには「アケタの店」にサックスを持って現れ、演奏に参加するそうで、このアケタでの生音にふれた人は松風さんそっくりの音がするという。それもそのはず、国立音大の出身の松風紘一(sax)と同じ先生に学んだ人で、松風や板橋の先輩にあたる方なのだそうである。

 (1)<吹けよ風>はオカリーナのソロ用の伴奏カラオケをバックに流して明田川がオカリーナのソロをとっている。
 アケタはオカリーナのジャズ奏法は全て自ら考案し開発してきたという正にジャズ・オカリーナのパイオニアであり、一般的なオカリーナから連想される素朴な、などというイメージを超えたペーソスとグルーヴ感がただよい、まさにアケタの独壇場である。オカリーナの創設者、父、明田川孝のあとを継ぎ、自らのオカリーナ工房で土をこね窯で焼き、またオカリーナ教室を続けてきたアケタにしか創りえない世界である。
 (2)<マイ・フェイヴァリット・シングス>というとミュージカルのサウンド・オブ・ミュージック、ジャズファンならコルトレーン、CFならJR東海を連想するが、アケタのマイ・フェイヴァリットはいわばパウエル流の正調バラードである。アケタのピアノ・ソロが高潮に達した頃合いに大谷内愛史(ss)が闖入、コルトレーンの『オラトゥンジ・コンサート』(Impulse)を超えよ、とばかりにひたすら一音の密度を高めて一気にエネルギーを噴き出してゆく。大谷内のソプラノ・サックスのテンションの高さ、集中力は強力無比である。
 そして、アケタのフェイヴァリット曲(3)<アイ・シュッド・ケア>といえばパウエル、モンクそしてエヴァンスの名演が頭をよぎるがアケタもライヴではよく演奏するお気に入りの曲。ここでは、オカリーナのソロが圧巻。篠笛の清澄さと能管の強靭さ、ピッコロの華やかさを併せ持ったアケタのオカリーナからは形容しがたいペーソスが立ちのぼる。
 アケタの自作曲(4)<アフリカン・ドリーム>では曲の前後を<マライカ>でくくり、終演にふさわしいほっとした安らぎと、もう終わってしまうのだという一抹のもの悲しさを演出する。
 去年40周年を祝った「アケタの店」、そして「あうん堂」もほぼ同じくらいの年月ライヴ・シーンの灯を守り続けてきた。ライヴ・ハウスの経営は傍では想像できない難しさがあると思うがそれを乗り越えてきたのは、それにもまして夜ごと繰り広げられるライヴの現場の尋常ならざる高揚と何が起きるか分からないハプニング、そしてその場を包み込む、まったりとしたグルーヴ感にあるのではないだろうか。
 この『ライヴ・イン・函館「あうん堂ホール/明田川荘之」』(AKETA’S DISK)にはそうしたライヴの現場の空気がいっぱい詰まっている。(望月由美)

望月由美 Yumi Mochizuki
FM番組の企画・構成・DJと並行し1988年までスイングジャーナル誌、ジャズ・ワールド誌などにレギュラー執筆。 フォトグラファー、音楽プロデューサー。自己のレーベル「Yumi's Alley」主宰。『渋谷 毅/エッセンシャル・エリントン』でSJ誌のジャズ・ディスク大賞<日本ジャズ賞>受賞。

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