#  1224

『Chris Pitsiokos Trio/Gordian Twine』
text by Akira Saito & Narushi Hosoda


New Atlantis NA-CD-023 CD

Chris Pitsiokos (as)
Max Johnson (b)
Kevin Shea (ds, perc)

1. Prologue
2. Lethe
3. Clotho
4. Lachesis
5. Atropos
6. Dissolution
7. Epilogue

Recorded by WKCR-FM Brooklyn, NY
Engineered by Gabe Ibagon, October 2nd 2014
Mixed by Chris Pitsiokos
Mastered by Weasel Walter
Written / Published by Chris Pitsiokos

20代のキメラは、1曲ごとにまるで異なる貌を見せる。

ピアノレスのサックス・トリオというフォーマットで、クリス・ピッツイオコスが演奏した。これまで、『Maximalism』ではギターとドラムスとのトリオ、『Paroxysm』ではエレクトロニクスとのデュオ、『Drawn and Quartered』ではドラムスとのデュオを聴かせてくれたわけだが、本盤は、そのいずれとも異なる多様な音を提示してくれるものだった。

(1) Prologue。ベースのイントロと、ケヴィン・シェイのドラムスの放つヴァイタルな音の中で、朗々と何かを宣言するようにロングトーンで参入してくるアルトサックス。
(2) Lethe。はじまりの音は、小鳥のさえずりに例えるにはグロテスクにすぎる。ピッツイオコスのアルトには、何かひとつのものではなく、次々と別のキメラに化けていく感覚がある。そして、ベース、ドラムスとの間合いをはかりながら、おのおのが次の手を出さんとして息を呑むような緊張感が訪れる。
(3) Clotho。彗星のようにNY即興シーンに登場して以来、どちらかといえばエキセントリックなプレイで注目されてきたピッツイオコスだが、ここでは少しイメージが異なり、微分的な音が理知的に連なるフレーズを聴かせる。筆者が去る3月、ブルックリンでかれに尋ねたところ、本人は影響を受けたプレイヤーのひとりとしてアンソニー・ブラクストンを挙げていた。そのとき、ふたりのスタイルがまったく異なることを興味深く思ってもいたのだが、実は共通するところもあったのだろうか。
(4) Lachesis。残響音を生かしたベース・ソロの後で登場するクリスは、デュオで、静かで不穏なブルースを吹く。こんなこともできるのか。
(5) Atropos。シェイのドラムスと激しく競り合いながら、われ先へと互いに飛翔する。途中の滑空を経て、また高みへ高みへとのぼっていく。そしてふたたび、静かなる間がある。作曲も見事。20代半ばにしてもはや成熟しているのは驚くべきことだ。
(6) Dissolution。ごく短い奇妙な間奏曲。ここで繰り出す、泡立つようなアルトの音は何だ。
(7) Epilogue。またもピッツイオコスはグロテスクな小鳥にメタモルフォーズする。ベースとドラムスとの陰に隠れて、ひたすら響かせんと挑み続ける倍音が素晴らしい。

ピッツイオコスはほぼ独学でアルトサックスを習得したのだという。かれのプレイを見るとわかることだが、鼻の下を奇妙なほどに伸ばしたり頬を膨らましたりして、相当に独特な吹き方である。聴くたびに驚かされるほど多彩でユニークなサウンドは、かれのアルトが独自の進化を遂げた結果でもあるに違いない。(齊藤 聡)

齊藤 聡 Akira Saito
環境・エネルギー問題と海外事業のコンサルタント。著書に『新しい排出権』など。ジャズ・ファン。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

ニューヨークの新鋭の堂々たる代表作

クリス・ピッツイオコスの魅力はまずもってアルト・サックス奏者としてのその圧倒的な音響的語彙の豊富さとそれを驚異的な速度でほとんど息つく間もなく繰り出していく技術力と身体能力の高さにあるのだということは、彼のとりわけソロ・パフォーマンスを一度でも見聞きしたことがあるならば首肯いただけるに違いない。20代半ばにしてすでにヴァーチュオーゾと呼んでもよいほどに磨き上げられたその技能は、俗に前衛的と称される音楽が難解な印象を一般的な聴き手に対して抱かせてしまうことがあるのに比べて、たとえば超絶技巧の謳い文句のもとにあらゆる人々に訴えかけるような軽やかさがある。実際に、音楽はたまにテレビで見る程度にしか興味がないという知人にYouTubeにあるピッツイオコスの動画をみせたところ、「なにコレどうなってんの??……すごくない?」とか言いながらもういちど始めから再生していたのだった。だがそれは出来合いの奏法を習得し洗練させたうえで披露することに焦点が定められているわけではないという意味において正しく「超絶技巧」とは似て非なるものなのである。ピッツイオコスがエレクトロニクス・ノイズの使い手でもあることを思い起こすならば、彼がアルト・サックスから多彩な響きを強靭な速度でもって紡ぎ出すのは、すでにあるノイズ・ミュージックの沃野に降り立ちながら、そこで得た音楽を楽器の可能性のもとに体現しようとしているのだと考えることができる。ここで楽器の可能性というのはその物理的特性のことをいう。たとえばエレクトロニクス奏者のフィリップ・ホワイトと共演したアルバム『パロキシズム』においてなんども訪れるどちらがどちらの音を出しているのかわからなくなるような瞬間など、アルト・サックスをエレクトロニクスと同等の技術/機械と捉えたうえでそこに内在するノイズを即物的に聴取可能な状態におくといういわゆるテクノイズ的なるもののあらわれであり、頻繁に神話的主題を掲げているピッツイオコスが、同時に楽器を徹底的に物質的なものとして扱っている様をそこからは見て取ることができるだろう。そしてここに彼のさらなる魅力がある。楽器の物質性から見出されたノイズが、ときに演奏する人間の力能を上まわりながら、軽やかさの深部において鳴り響いているのである。本盤はこの魅惑的な演奏家のもうひとつの才能とも言うべき作曲家としての側面を、自身の率いるトリオによってあらわした最初のアルバムだ。

収録された全七曲は唯一のアルト・サックスとウッド・ベースのデュオによる「ラケシス」を中心にシンメトリカルに配置されており、オーネット・コールマン〜ジョン・ゾーンふうのテーマ・メロディが印象的な「プロローグ」とテーマを排した剥き出しの演奏が徐々にカオティックに爆発していく「エピローグ」、間欠的に音が飛び交う「レーテー」と「ディソリューション」、奇数拍子を駆使しながら曲調が目まぐるしく変化していく「クロト」とテーマのあとに複数の時間がポリリズミックに流れていく「アトロポス」が、それぞれ対比的なありようを形成している。新鋭の二人による旋律の絡み合いを巡ってその外側へと順番に、音と時間の関係性、音と空間の関係性、そして作曲されたテーマと即興による演奏の関係性すなわち音を組織化するプロセスの問題という、音楽を構成するために欠かすことのできない三つの要素が円を描きながら取り巻いていると言えばいいだろうか。その楼閣の頂きでデュオの相手をしている若きコントラバス奏者マックス・ジョンソンの演奏にも目を見張るものがあるが、なにより本盤で注目に値するのは彼ら二人よりもひとまわり年長でありながら負けず劣らずの破天荒ぶりをみせているケヴィン・シェイのドラミングである。ピッツイオコスがこれまでに発表したアルバムにおいてドラマーを務めていたのはウィーゼル・ウォルターだった。ツー・バスを駆使したヘヴィなサウンドが特徴的なウォルターのドラムスは、いわば演奏を縦割りに刻んでいくことで音楽的時間に幾つもの特異点を設け、一種の無時間状態を生み出していく傾向があると思うのだが、だとしたらシェイのドラムスはむしろ横に連なる幾つものパラレルな時間を、ひとつの身体で同時に体現していこうとするところにその特徴があると言える。ポリリズミックな身体感覚あるいは打楽のスギゾフレニアとでも呼んでみたくもなる彼のドラミングは本盤においても縦横無尽に駆け巡っていて、特に「クロト」と「アトロポス」――先ほどの形容を用いるならば「音と時間の関係性」を取り上げた一対――ではピッツイオコスがあらかじめ施した楽曲の時間構造と相俟ってそれをより複雑化していくのに貢献している。だがそれは喩えるならばいまにも崩れ落ちそうな架橋を叩き壊しながら歩んでいるということでもある。一歩誤ればまったくの瓦解が待っているような状態である。だからピッツイオコスの記念すべき最初のリーダー・アルバムは、異常な危うさと恐ろしさを内包しているように思うのである。その危うさの不在を中心とした非常な完成度とともに。(細田成嗣)

細田成嗣 Narushi Hosoda
1989年、埼玉県生まれ。2013年よりWeb雑誌ele-kingにCD評などを執筆。また別冊ele-king『プログレッシヴ・ジャズ』『ジム・オルーク完全読本』に寄稿。

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