#  1239

『望月治孝・近藤秀秋 / el idioma infinito』
text by 剛田武 Takeshi Goda


CD Bishop Records EXJP019 \2,700 (税抜)

望月治孝(alto sax)
近藤秀秋 (guitar, 琵琶)

1. fly me to the moon (Bart Howard) 3:04
2. fireflies (H.Kondo) 20:25
3. bwv1012 "sarabande" (J.S.Bach) 3:07
4. el idioma infinito (H.Kondo) 12:25
5. left alone (Mal Waldron) 6:31

recorded in Japan, 2014
produced by Bishop Records
directed by Harutaka Mochizuki
cover design Harutaka Mochizuki
special thanks to Keiko Higuchi

霊魂を呼び覚ます二つの魂の摩擦熱

6月の末に静岡の望月治孝からメールが届いた。ちょうど2年前の6月に初めて観たギタリストの青木智幸とのデュオで不気味な存在に震え、翌年7月にソロLP『PAS(パ)』を聴いて確信した類い稀な“孤”性を持つこのアルトサックス奏者が、EXIAS-Jのギタリスト近藤秀秋とデュオ・アルバムを制作したという。

近藤がJazzTokyoや他のメディアに執筆した即興音楽に関する論文や評論は、学究的で分析力に優れ、明晰な頭脳の持ち主であることを示している。最近長年の研究を纏めた『音楽の原理』と題した音楽書を著したと聞く。不勉強にして演奏を聴いたことはないが、漠然と、同じ即興演奏家でも、望月とは真逆とまでは言わないが、角度にして120度くらいベクトルが異なるイメージがあったので、少し意外な気がした。

暫くして届いたCDは、近藤が主宰するBishop Recordsからのリリースだが、望月がデザインした手作りの特殊仕様パッケージには、独特の美意識が込められている。左に十弦ギターを持って座る近藤、右に背中を丸め前傾した望月。交差しない視線の先には何が見えるのか。そんなことを考えながら、CDをプレイヤーにセットしプレイボタンを押した。流れてきたのは文章から想像したとおり一音一音丁寧に爪弾かれるアコースティック・ギターの端正な音色と、破裂しそうな緊張感をたたえた不穏なサックス。3分弱の蜃気楼のようなメロディーにどこか懐かしさを感じるな、と思ってクレジットを見て初めて、誰でも知ってる有名曲だと知り軽いショックを受ける。しかしこのデュオの本当の恐ろしさは、1分半の無音に近い間を経て囁くように始まる2曲目にある。近藤が奏でる琵琶の障りの多い音は、盲いた法師が唸る武家の没落物語さながらに、死にきれなかった落武者の亡霊を、暗闇からサックスの吐息として呼び覚ます。半透明の足のない幽霊に違いないが、こちらの目が見えないのをいいことに、退散せずに20分近くもすすり泣き、恨み言を呟く。耳なし芳一のように一心不乱に撥で五弦を弾き続ける琵琶法師にも、何かの霊魂が憑依しているのかもしれない。轟く両者の鬩ぎ合いはやがて蠢く睦み合いに変わり、手に手を取って霊界の静寂の闇に消えて行く。

魔界巡りの20分の後、清廉なバッハの調べにほっとするのも束の間、4曲目のアルバム・タイトル・ナンバーでは、美しい音色であるが故に無調のメロディーが一層不安を掻き立てるガット・ギターに恐れを成して、逆に足元の覚束ないサックスの吃音に心の平静を求めるという逆転劇が聴き手の脳内に展開される。ラスト・ナンバーは再びジャズのスタンダード・ナンバー。やっと正気に戻った近藤のモーダルなフレージングと、音程の怪しさも耳に慣れた望月の哀愁のサクソフォン。聴き手は奇想の旅の果てに辿り着いた桃源郷に胸を撫で下ろすことだろう。しかし待て。この曲を歌うことなく死んだビリー・ホリデイの魂が、頭の中で歌っている!

理論派の近藤と感覚派の望月、二つの感性の軋み合いが産み出した無限の言語(el idioma infinito)は、想像力を無限の荒野に解き放つ。(剛田武)

関連リンク;
http://www.jazztokyo.com/five/five1229.html
http://www.jazztokyo.com/five/five1230.html

剛田 武 Takeshi Goda
1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。レコード会社勤務。
ブログ「A Challenge To Fate」 http://blog.goo.ne.jp/googoogoo2005_01

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