ソプラノとオクテットのための希少なエリントン作品集

オープニングの＜On A Turquoise Cloud＞でソプラノの鼻音唱法が耳に入った瞬間、半世紀以上も前に、デューク・エリントン・オーケストラがソプラノのアデレイド・ホールを起用した＜クリオール・ラヴ・コール＞を初めて聴いたときの新鮮な感動が甦った。この＜Creole Love Call＞（1927年）は人間の声が楽器の１つとして用いられたジャズ史上初の試みだった。女性のヴォイスに楽器的な美を見出していたエリントンは40年代にもケイ・デイヴィスやジョーヤ・シェリルをバンド・シンガーとして起用し、たとえば本作のオープニング曲＜On a Turquoise Cloud＞や５曲目の＜Transblucency＞をケイ・デイヴィスの鼻音唱法（Wordless Vocals）で披露しており、思い出される方もおられるだろう。実は最初、本CDを聴きはじめたとき、上記で触れた歴史的吹込に親しんだエリントン愛好家としては、キャンディス・ホイスが２番煎じとの誤解を生むような試みをなぜあえていま世に問うのかが解らなかった。そのいきさつを記したホイスのノーツから、この試みがウィントン・マルサリスの「Jazz at Lincoln Center」との関わりの中で生まれたアイディアであることが分かった。グラミー受賞者のプロデューサーでドラマーのユリシーズ・オーエンスjrとアイディアを検討する中で、ホイスは明言した。「私が挑戦したいのは、エリントンがソプラノ歌手のために書いた30余の作品を歌うこと」。ユリシーズは即座に言った。「それならコンセプト・アルバムを作ることしかない」。かくして、このグラミー男がプロデューサーをつとめることになったというわけである。
ジャマイカ出身の両親から生まれたホイスは長じてハーバード大学に学び、ボストンでジャズやソウルにも親しみ、オペラ歌手を育成するロリン・マゼールのサークルで訓練を積んだ。やがてジャズ・ヴォーカリストとしてクラブでも歌うようになり、エリック・リードやワイクリフ・ゴードンらからも注目されるようになった。現在の彼女はクラシックとジャズの双方で活動の場を広げているといってよいのだろう。
さて、デビュー作に当たる本CDでのホイスの唱法はクラシックのソプラノ歌手の域を脱して、エリントンを歌うにふさわしい新たな地平に達しているかとなると、こたえは難しい。ジャズ歌手に徹するならクラシックの型から脱却する必要があるのではないか、と強く感じた。一朝一夕にサラ・ヴォーンにはなれない。ただ＜Creole Love Song＞（ホールが歌った時の標題は＜Creole Love Call＞）ではホイス自身が作詞（＜Single Pedal of a Rose＞も同様）を試みており、コンセプト・アルバムへの彼女の思い入れが多角的に発揮される一端となっている。ここで歌われている全13曲の中では、マヘリヤ・ジャクソンの名唱で知られる「Come Sunday」のように多くの歌手から愛唱される曲もあるが、大半の作品は馴染みが薄いものばかり。これはエリントンがソプラノ歌手を想定して作曲した作品が大半で、ふさわしいソプラノ歌手も、従って歌われる機会もなかったためとしか言いようがない。また＜Baby＞（ジミー・マクヒュー）のようにエリントン作でない曲もあるが、それでアルバムの価値が落ちているかといえばそんなことはない。
特筆したいのは、編曲とバックの演奏の素晴らしさ。テッド・ナッシュを筆頭に、ユリシーズ・オーエンス、ケニー・ランプトン、ワイクリフ・ゴードン、アダム・バーンバウム、ヴィンセント・ガードナーらのオーケストレーション、そのガードナー（tb）、T・ナッシュ（as）、ロン・ブレイク（ts）らのソロ、とりわけ（６）のカール・マラガイと（９）のジョー・テンパーリーによるバスクラが印象的。アンサンブルがホイスのヴォイスを守り立てるこれ以上にないほどの洗練されたアンサンブル、及びユリシーズ・オーエンスのプロデュースぶりとともに称えたい。

悠 雅彦 Masahiko Yuh
1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、朝日新聞などに寄稿する他、ジャズ講座の講師を務める。
共著「ジャズCDの名盤」（文春新書）、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」（共に音楽之友社）他。本誌主幹。