#  1255

『片倉真由子/The Echoes of Three』
text by Masahiko Yuh 悠 雅彦


55 Records PNCJ-5561

片倉真由子 (piano,producer)
中村恭士 (bass)
カーマン・イントーレ (drums)

1.Echo
2・Into Somewhere
3.A Dancer's Melancholy
4.At The Studio ( Reunion )
5.Directions
6.Serene
7.Pinocchio
8.You Know I Care
9.A Barfly's Hope

Produced by Mayuko Katakura
A&R: Hiroshi Itsuno
Recorded, mixed & mastered by Katsuhiko Naito
Recorded March 10&11,2015 at The Samurai Hotel Recording Studio, NY

着実な成長ぶりを聴かせる片倉真由子の新作

 片倉真由子が公式に日本でデビューしたのは、記憶に間違いがなければ2005年か6年ではなかったかと思うが、確かジュリアード・オールスター・ビッグバンドの初来日コンサートのときだった。2006年といえば彼女がメリー・ルー・ウィリアムスの名を冠した女性ピアニストのコンペティションで優勝した年だが、ジュリアード音楽院に学んだ縁でそのまま米国での演奏活動の緒に就くと思いきや、母国での活動に道を見出したようだった。そのときの彼女の演奏に注目して以来、一度は彼女のピアノ演奏に的を絞って書いてみたいと思いながら、気がついてみたらあれから10年近くが経ってしまった。
 この新作は何でも5年ぶりだとか。新鮮な感興を得た2009年のデビュー作『インスピレーション』(M&I) からは6年が経って、彼女のコンスタントな活動に注目を払いながら一度も会って話したこともない彼女が、その間着実に成長していることをこの新作で知って実は安堵した。私が最初に注目したときのトリオはジュリアードでの師でもあるカール・アレンがドラマーで、この新作でも共演している中村恭士がベース。ここではドラマーがカーマン・イントーレに替わり、ベースはニュー・センチュリー・ジャズ・クィンテットでピアノの大林武司やドラマーのユリシス・オーエンスJrとコンビを組む中村恭士で、片倉の演奏がこのトリオで大きな変化を遂げたかといえば正直に言って思い当たる節はない。あくまでも彼女は実直であり、妙な才気や色気で聴く者に暗示をかけるようなことはしていない。
 ここには全9曲。最初の5曲が片倉自身のオリジナルで、中には4曲目の「アット・ザ・スチューディオ(スタジオ)」のように、何も決めずにヨーイドンで演奏した1曲もある。ジュリアードで仲間同士だった3者が久しぶりに会って快適に意気投合しあい、恐らくはキーだけ決めて言葉を音に代えて会話し合った、とでもいうべき演奏。これがなかなか新鮮で、3者の演奏にフリー・ジャズの洗礼を受けたかのような気概が横溢していて聴きごたえがある。このアルバムの9曲を聴く限りでは、よほど気心通じあった仲間とモダン・ジャズのメッカであるニューヨークでの吹込というテンションの高いコンディションの下でのセッションだったせいか、どの演奏も総じてスムースな発露を印象づける。
 片倉真由子という人は演奏家意識が強い。神経質なくらいにミュージシャンとしての存在理由にこだわり、その解のない答えを求め続ける。それが不必要に彼女の自発性を縛ることがある。それがある意味での窮屈さを聴く者に感じさせたり、彼女の音楽家としてのナイーヴな個性に圧力をかける結果を招いているような気さえする。だが、それこそ私が心惹かれる片倉真由子のミュージシャンとしての誰にも侵すことができない音楽家魂なのだ。彼女は恐らく、器用に世を渡る術を持たない演奏家であり、これを裏返せば自分がこうだと信じることには梃(てこ)でも動かない芯の強さを持つ音楽家だと,私は秘かに信じている。
 その意味でいえば、私はこのトリオ作品を単なるピアノ・トリオ・アルバムとして評価する真っ当さを欠いた評文を書いたかもしれない。彼女はデビュー作でマッコイ・タイナーに捧げた作品を、本作でもエルモ・ホープの和声にヒントを得て書いた作品(9)を演奏しているが、それ以上にモダン・ジャズ史上の卓越した個性派のホーン奏者、デビュー作でのフレディ・ハバード、本作でのジョー・ヘンダーソン(8)、エリック・ドルフィー(6)、「ピノキオ」のウェイン・ショーターなど個性的な演奏家に私淑していることが分かって、それも本作を気に入った理由の1つになった。というのは、時折、彼女の演奏の端々にホーン奏者の声が聴こえる瞬間があるからだ。(8)や(6)を聴きながら私と歳恰好が同じハバードやヘンダーソンと冗談を言い合った在りし日を懐かしく思い出した。

悠 雅彦 Masahiko Yuh
1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、朝日新聞などに寄稿する他、ジャズ講座の講師を務める。
共著「ジャズCDの名盤」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽之友社)他。本誌主幹。

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