#  1262

『Anne Hartkamp & Thomas Rueckert / Dear Bill』
text by Kayo Fushiya 伏谷佳代


JazzSick Records
5086-1JS(Vinyl)
5086-2JS(CD)

5086-1JS(Vinyl)

5086-2JS(CD)

Anne Hartkamp (vocals)
Thomas Rueckert (piano)
*special guest
John Goldsby (bass on 3,6,7,8)

1. My Foolish Heart (Victor Young, Ned Washington)
2. Letter to Evan (Bill Evans)
3. How Deep is The Ocean (Irving Berlin)
4. Quiet Now (Denny Zeitlin, Suzy Stern) 4:56
5. Theme From M*A*S*H* (Johnny Mandel)
6. Dear Bill (Thomas Rueckert, Anne Hartkamp)
7. Never Let Me Go (Jay Livingston, Raymond B. Evans)
8. How My Heart Sings (Earl Zindars, Anne Zindars)
9. Turn Out the Stars (Bill Evans, Gene Lees)
10. Translucent Yellow (Thomas Rueckert, Anne Hartkamp)
11. Very Early (Bill Evans, Carol Hall)
12. You Must Believe in Spring (Michel Legrant, Alan & Marilyn Berbman)

Recorded and mixed by Christian Heck @ Loft, Cologne and Tonart Studio Kerpen
Mastered by Brigitte Angerhausen
Produced by Phillip van Endert, Anne Hartkamp, and Thomas Rueckert, 2015
Cover design by Michael Potrafke
Painting by Vera Moss
Artist Photo: ©Christian Apwisch

ケルンを本拠地とするアン・ハルトカンプ(vo)とトーマス・リュッケルト(p)によるビル・エヴァンスへのトリビュート作品。タイトルの通り、ビルへのリスペクト、その音楽への愛情がやわらかな雰囲気となってアルバム全体を満たす。CDと同時にLPでも発売されるという趣向からも、アコースティックへのこだわり、音楽することとその表現においてプレイヤーが要求されるクオリティというべきものについて、ふたりのアーティストの確固としたスタンスや想いが伝わってくる。基本はヴォーカルとピアノによるデュオだが、標題曲とエヴァンスの定番数曲にベースのジョン・ゴールズビィが参加。互いに気心の知れた者同士とあって、いずれも高い音楽的水準がキープされた、息のあったプレイを聴かせる。

ハルトカンプのヴォーカルは、非常に個性的でアンビヴァレンツな魅力に満ちている。かなり粘着質でみっしりとした密度をもつ高音ヴォイスだが、最速の浸透力としなやかな伸縮力が特徴だ。成熟していながらガーリー、ドラマティックでありながらキッチュ、独特の節回しを超えたところに遊戯がある。ふとした瞬間に風穴があき、清冽な開放感に聴き手は見舞われる。名曲揃いのなか、とりわけ5.“M*A*S*H*のテーマ”などのスキャットにおいてその美質が顕著だ。音型や構成はミニマルながら、どこまでも跳躍し拡張する音の粒子。無駄を削ぎ落とした理知的なアレンジメントのセンス、相反する溢れんばかりのフィーリング。そのドラマティックな乖離が豊穣な音空間をうみだすのに成功している。この”M*A*S*H*”をはじめ、9. “Turn Out the Stars”など、そのテーマが哀切と切り離せない楽曲が独特の光彩を放っている。これは叙情の曳きが豊かで、残響で多くを語ることのできるトーマス・リュッケルトのピアノによるところが大きい。シンプルなフレージングが盤石の存在感をもつ。さて、エヴァンスといえば「ピアノ・トリオ」、ベーシストは注目される役どころではあるが、そこはヴェテランのゴールズビィである。スコット・ラファロのような派手な斬り込みのインタープレイは敢えて出さず、成熟した味わい深いリリシズムでアルバムのストーリィに適切なタイム感覚をもたらしている。シーンはあくまでさり気なく切り替わる。8. “How My Heart Sings”など、渋みの効いた大人の音楽。

音楽表現が人々にもたらす究極の恩寵はなにかと想いを巡らすときに、言葉で表現しようとするとあまりにも陳腐になる。あえて言えば、どことなく光が仄見える状態だろうか。そのようなシンプルかつ深い問いに行き当たるアルバムである(伏谷佳代)。

©ChristianApwisch

©ChristianApwisch

【関連リンク】
http://www.annehartkamp.de/
http://www.thomasrueckert.com/home.html
http://www.jazzsick.com/

【関連レヴュー】
http://www.jazztokyo.com/five/five1227.html

伏谷佳代 Kayo Fushiya
1975年仙台市生まれ。早稲田大学卒。現在、多国語翻通訳/美術品取扱業。欧州滞在時にジャズを中心とした多くの音楽シーンに親しむ。趣味は言語習得にからめての異文化音楽探求。JazzTokyo誌ではこれまでに先鋭ジャズの新譜紹介のほか、鍵盤楽器を中心にジャンルによらず多くのライヴ・レポートを執筆

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