#  1272

『河野智美/リュクス』
text by Shin-ichiro Tokunaga 徳永伸一郎


ソニー・ミュージックダイレクト
MECO-1031 \3,240(税込)

河野智美(guitar)

Trilogy (Frederic Hand)
1. I. Moderato
2. II. Gently
3. III. Allegro

4. When the fire burns low(Ralph Towner 〜 Trans. Sebastien Jean / Arr. Sergio Assad)
5. Toccata“in Blue” (Carlo Domeniconi)
6. Reflections (Andrew York)
7. The Juggler's Etude (Ralph Towner)
8. Tango en Skai (Roland Dyens)
9. Lullaby of Birdland (George Shearing 〜 Arr. 啼鵬)
10. All the things you are (Jerome Kern 〜 Arr. Roland Dyens)

Jazz Sonata (Dusan Bogdanovic)
11. I. Allegro non troppo
12. II. Lento
13. III. Andante
14. IV. Allegro molto

15. Prayer (Frederic Hand)

 私事ながら、ラティーナ誌2015年12月号の巻頭特集「私の好きなギタリスト」に協力させて頂いた。執筆者の選定にあたって、非クラシックギターファンが聴くべきクラシックギタリストを紹介してくれそうな方として、御本人もクラシックギタリストである樋浦靖晃氏を推薦したところ(注1)、その記事の冒頭には、以下の印象的な一文が添えられた。

「いま、クラシックギターの世界は最高に面白い状況を迎えています。いよいよギターの演奏技術が、ピアノやバイオリンが19世紀に達成したその完成を、150年ほど遅れて迎え、質的変換を遂げようとしているからです。」

 まったく同感だ。付け加えるならば、筆者がジャズやフュージョンと並行してクラシックギターに特別な関心を持つようになった1980年代あたりから、すでに面白くて仕方なかった。発展途上だからこそ面白い。山下和仁による衝撃的な「展覧会の絵」の発表が1980年。その後、マヌエル・バルエコ、デヴィッド・ラッセル、アサド兄弟らの来日が相次ぎ、その完璧な演奏を目の当たりにして、テクニック競争の終着点が見えてきた。そして、本当に面白くなるのはそこからなのだ。

 クラシック音楽業界におけるギターの位置付けは、かなり特殊だ。昔からセゴビア、イエペスといった大スターが君臨し、レコード会社から見れば無視できない売り上げを占める一ジャンルでありながら、メジャーな作曲家による作品が少なかったギターには、「マイナーな楽器」というイメージが付きまとった。クラシックギターファン以外にもアピールし得る「クラシックギターの名曲」が、かつては決定的に不足していたように思われる。クラシックギタリストとしての修行経験もあるラルフ・タウナーが2001年に来日した際、現代ギター誌のインタビュー記事を担当したが、読者の大半を占めるクラシックギター愛好家を意識して「そのままクラシックギタリストになる道は考えなかったのか」という無粋な質問を投げかけたところ、「昔は今と違ってクラシックギター作品が少なかったから、同じようなプログラムばかりで飽きてしまった」という趣旨の返答だったことを覚えている。

 すなわち、技術的に高いレベルに達したギタリスト達が、既存の作品に飽き足らず新たなレパートリーの開拓に目を向けたのは必然であり、「オーケストラ作品をソロギター用にアレンジして弾く」という、1つの極端な方向に進んだのが山下氏というわけだ(「展覧会の絵」のオリジナルはピアノ作品だが、他に「新世界より」や「火の鳥」も演奏している)。これとは別に、現代の作曲家による作品を積極的に取り上げ、またギタリスト自身が作曲し新たな作品を生み出す、という傾向も顕著になっていく。余談ながら、ピアソラ作品なども作曲者の生前から頻繁に取り上げられており、「遅れて」いるどころか、没後の大ブームを先取りしていた。そのピアソラとも親交があったレオ・ブローウェル(「バンドネオンとギターの為の協奏曲」初演の指揮者でもある)、武満徹らの作品は、ごく当たり前に演奏される重要なレパートリーとなって久しく、ローラン・ディアンス、カルロ・ドメニコーニ、デューシャン・ボグダノヴィッチ、フレデリック・ハンドといったギタリスト兼作曲家たちの作品も、徐々にその域に近づいている、というのが現在の状況だ。

 河野智美の新譜「リュクス」は、そのような、21世紀のクラシックギター界において新たなスタンダードとなるべき作品を中心に収録されたアルバムである。その多くは何らかの形でジャズの影響を受けたもので、たとえばそのものずばり、「ジャズ・ソナタ」(ボグダノビッチ)という曲もあるし、「トッカータ・イン・ブルー」(ドメニコーニ)はもちろん、ガーシュインを意識したタイトルだ。河野はこれらを「ジャズ・クラシック」と称しているが、あくまでクラシックギターの為の作品であり、あからさまにジャズ風というわけではない。例外的にディアンス編「All The Things You Are」では、ジャズ風のベースラインが敢えて強調された形で登場するが、それは一種のパロディであり、そこからバロック風に発展していく様が痛快だ。セルフ・ライナーノートで熱心なジャズリスナーであることも明かしている河野は、これを実に軽やかに弾いていて、ジャズを愛するからこその、一定の距離を置いたアプローチが心地良い。不遜な言い方だけれども、それはまったく正しい態度だと思う。無理に「ジャズっぽく」弾かれたりしたら興ざめなのだ。

 難度の高い作品を流麗に弾きこなす優れた女性ギタリストとして知られていた河野だが、正直に言えば当初は、同時代の若手ギタリストの中で突出した印象を持つほどではなかった。ただ振り返ってみると、数年前にあるコンサートでブラジル人ギタリスト、マルコ・ぺレイラ作曲の小品「ジュリアナのショーロ」をとても魅力的に弾いていて、「こんなセンスも持っていたのか」と軽い驚きを感じたことがある。ブラジル音楽の基本的なリズム感は踏まえつつ、それを過度に意識させることなくしなやかに、クラシック奏者ならではの美しいタッチと共に。

 本作では、そういった彼女の美点が、さらに大きく花開いたように思う。一部日本初録音の楽曲もあるとはいえ、海外まで目を向ければそれなりに演奏頻度の高い曲がほとんどで、ライバルは世界中にいる。しかしその中で、間違いなく高いクオリティを備えた、価値のある録音と言ってよいだろう。

(注1)樋浦氏が紹介してくださったのは、1967年生まれのアルゼンチン人クラシックギタリスト、パブロ・マルケス。クラシックギター界の若き巨匠として知られ、ECM New Seriesからも2枚のアルバムをリリースしている。2016年2月来日予定。なお筆者はデューシャン・ボグダノヴィッチを紹介した。

徳永伸一郎 Shin-ichiro Tokunaga
90年代後半からクラシックギター専門誌「現代ギター」に執筆を開始。現在は同誌と「Latina」誌に定期的に執筆。2002年以降、いくつかのCD、コンサートの企画制作も手掛ける。ギターが好きで、あらゆるジャンルのギタリストを聴くうちに、興味はジャズや中南米音楽へ。本業は理系の大学教員。

WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.