#  658

ニルス・ラン・ドーキー・トリオ/リターン・トゥ・デンマーク
text by Yumi MOCHIZUKI

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『ニルス・ラン・ドーキー・トリオ/リターン・トゥ・デンマーク』
ビデオアーツミュージック/BRO VACM−1405 ¥2,625(税込)

ニルス・ラン・ドーキー(p)
モルテン・ラムスボル ( b)
アレックス・リール(ds)

1.別れの歌 (Niels Lan Doky)
2.危険な関係のブルース〜ジョードゥ (Duke Jordan)
3.間奏曲〜ウーマン・フロム・ロンドン (Niels Lan Doky)
4.アルハンブラ宮殿の思い出 (Francisco Tarrega)
5.ヒアズ・ザット・レイニイ・デイ (Jimmy Van Heusen/Johnny Burke)
6.チルドレンズ・ソング (Niels Lan Doky)
7.シークレット・ラブ (Sammy Fain/Francis Webster)
8.リターン・トゥ・デンマーク (Niels Lan Doky)
9.いつの頃から(George&Ira Gershwin)
10.フレンドシップ (Niels Lan Doky)

プロデユーサー: ニルス・ラン・ドーキー
録音:フォーカス・レコーデイング(デンマーク)、2009年11月〜12月
エンジニア:ハンス・ニールセン

 ジャズは音の向こう側に人柄を感じさせてくれる音楽であること、とこの頃つくづく思う。そういう意味でニルス・ラン・ドーキーは人のよさ誠実さがそっくりそのまま音に出ている人である。明るさ、楽しさ、安らぎといったニルスの気質が優しさに包まれて上品なサウンドを形成しているのである。そのニルスの新作『リターン・トゥ・デンマーク』はアルバムのタイトルからして多くの人が直ぐに頭に浮かべるのはデユーク・ジョーダン『フライト・トゥ・デンマーク』(VIDEOARTS VACZ-1120)へのオマージュを想い描くのではないかと思う。私も聴く前はそのような想像をしていたのであるが、聴き進むうちにニルスの制作意図は自らの生地でもある祖国、デンマークを想う心象を素直に、しかも強い気持ちを込めて綴ったもので、勿論その中にデューク・ジョーダンへのトリビュートも組み入れられているのである。これまで『トリオ・モンマルトル』としてパリ、ローマ、スペイン、北欧、ロシアと続いた一連の旅シリーズ作品の着地点ともとれるが、それ以上にニルスのデニッシュとしての再出発の第一弾と捉える方が自然のようだ。

 今回、ニルスは長い共演暦をもつベテランのアレックス・リール(ds)に加えてベースにモルテン・ラムスボルを新たに抜擢している。ピアニストにとってはベーシストとのコンビネーションは自己の内なるものを啓発し活性化するひとつの大きな要素のようである。エヴァンスとスコット・ラファロ、ピーターソンとレイ・ブラウンを引き合いに出すまでもないが、ニルスにとってもペデルセンやマッズ・ヴィンデイング等の名ベーシストとの共演をへてラムスボルという若い才能と出会ったことがインスピレーションの源泉になっているようで本作成功の大きな要素になっている。ラムスボルは一曲目の<別れの歌>から瑞々しいサウンドでニルスに刺激を与え続けリズム・キープ以上の役割を果たしている。

ニルスはコペンハーゲンの伝説のライブハウス、カフェ「モンマルトル」に子供の時から熱心に通い詰めジャズの道に入った。ニルスにとって「モンマルトル」は青春そのものであった。そのモンマルトルも1974年に閉鎖されてしまう。閉鎖から30年たった2004年の7月、ニルスはなんとかもう一度あの「モンマルトル」を再現したいと思い立ち2日かぎりではあるが内装までそっくり元に戻してライブを実現した。このたった2日限りのカフェ「モンマルトル」にはジョニー・グリフィン、アルバート・ヒース、トゥーツ・シールマン、マッヅ・ヴィンデイング、リサ・ニルセン等モンマルトル縁りのミュージシャンが駆けつけ単なるノスタルジーに終わらず素晴らしいドラマを繰り広げた。この模様はドキュメンタリーDVD『モンマルトルの夜をもう一度』として記録されている。私に限らずDVDを観た人はみんなニルスの真摯な人柄と温かい眼差しに共感することだろう。


モンマルトルの夜をもう一度
モンマルトルの夜をもう一度
(VIDEOARTS VABJ-1244)

(4)<アルハンブラ宮殿の思い出>は一見、ジャズ・シーンでとりあげるのは場違いのようであるが、ニルスにとっては5歳の時に父が弾くクラシック・ギターの響きに魅了され、この曲をいつしかピアノで弾こうと思い立ったというから相当に思い入れのこもった曲であり、以前、アルバム『スペイン』(VACY-1034)でも演奏している程でニルスの原点ともいうべき本質が素直に表現されている。
ジミー・ヴァン・ヒューゼンの(5)<ヒアズ・ザット・レイニイ・デイ>もニルスの端正なピアノがことのほか際立っている。ベースのモルテン・ラムスボルもメロディアスな艶のあるよいソロをとっている。アルバム・タイトルの(8)<リターン・トゥ・デンマーク>は活動の拠点であったパリから飛行機でデンマークに降り立った時の喜び、感慨をモチーフに作曲したものというがニルス・ラン・ドーキー(p)、モルテン・ラムスボル ( b)、アレックス・リール(ds)三者のインタープレイがいきいきと弾む。また、ガーシュインの(9)<いつの頃から>では映画『ファニー・フェイス』でのオードリー・ヘップバーンをイメージして演奏したというがカデンツァから主旋律までを切なくやさしく弾くニルスに親近感を覚える。メロディを大事にして丁寧に弾くところがニルスの最大の魅力である。そしてエンディングの(10)<フレンドシップ>は全ての友人に敬意を表して作った曲とのことだがニルスらしいスマートで温和な人柄がそのまま曲になったようなメロディアスな可愛い曲である。

 アルバムを通して聴いてみると全体がニルスのデンマークへの心情が丹念にしかも入念に綴られたある種の抒情詩のように聴こえてくる。これまで北欧の各地を纏綿と音に綴ってきたニルスが到達した地点がやはりデンマークであった。13歳でピアニストとしてデビューしてはや33年、46歳になったニルス・ラン・ドーキーがレーベル「BRO」のプロデューサーとしてこれからはコペンハーゲン発のジャズを発信するとの宣言が本アルバムなのではないかと思う。そろそろ来日してその姿を見せて欲しいものだ。(望月由美)

♪関連リンク:
http://www.jazztokyo.com/newdisc/458/gordon.html
http://www.jazztokyo.com/live-report/v132/v132-1.html
http://www.jazztokyo.com/oikawa/audio09/audio09-1.html

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