#  688

寺久保エレナ/ノース・バード
text by 悠 雅彦

Blue in Green/キング・レコード DRH-22012 \3,000

1.イエス・オア・ノー
2.ブラック・ナルシサス
3.ステイブルメイツ
4.マイ・フーリッシュ・ハート
5.ノース・バード
6.イッツ・ユー・オア・ノー・ワン
7.サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム
8.ティム・タム・タイム
9.ライク・ザ・サンライト
10.テイク・ジ・A・トレイン

寺久保エレナ(alto saxophone)
ケニー・バロン(piano)
クリスチャン・マクブライド(bass)/(10)を除く
リー・ピアソン(drums)/(10) を除く
ピーター・バーンスタイン(guitar)/(3)と(9)のみ
 
2010 年3月、ニューヨーク録音

 6月23日の発売なので少々早いことは承知の上で、一足先に紹介したい。それだけの能力と魅力が眩しいほどの新鋭、寺久保エレナの待ちに待ったデビュー作である。彼女は新鋭も新鋭、札幌の高校に通う3年生。評判は前から耳に入っていたが、実際に彼女の演奏を聴いたときは驚いた、というより信じがたいプレイぶりだったと言った方が当たっているだろう。えっ、これが本当に女子高校生?
 それからしばらく経った5月1日。山下洋輔のゴールデン・ウィーク3日間の初日に颯爽と登場した寺久保は、物怖じするどころかプレイする喜びを横溢させた闊達な演奏で聴衆を圧倒した。17や18でこれだけの技術と音楽的内容とを兼ね備えた演奏ができるのかと、あらためて目をみはらずにはいられなかった。眉唾ものと疑う向きには、騙されたと思って一聴することを勧めたい。
 リニューアル創刊号の本誌コラムにおける緊急座談会<風雲急を告げるジャズCDマーケット>(http://www.jazztokyo.com/column/column_discussion.html)で、「マーケットを活性化させるために魅力ある新人の出現を期待する」声があり、出席者の多くがそのためには「レコード社を初めとするメーカーからの供給を待つ」受け身の姿勢から、「自分たちみずからの手で新しいアーティストを積極的にサポートする」方向へと舵を切る必要を暗黙裏に認めあった状況変化を踏まえれば、寺久保エレナのような若き逸材をジャズ界挙げて支援し、大きく育っていくようにサポートすべきだと考える。上原ひろみの抜きんでた才能に対して、あれはロックだ、いやジャズだのという不毛な論争が飛び交ったときのようなていたらくを、見せて欲しくはない。
 前置きが長過ぎたことを率直にお詫びする。この1作はむろん寺久保エレナのデビュー作で、プロデューサーの伊藤八十八氏はケニー・バロンら第1級のサポート陣を招き、ニューヨークで初共演させるというフォーマットを彼女の晴れの舞台のために用意した。彼女はこの期待に応えてみせた。彼女をバックアップしたのは伊藤氏ばかりではない。渡辺貞夫や日野皓正ら過去に共演したプレーヤーの中でも特に彼女の才に惚れ込み、昨年のピットインでのイベントでも彼女を抜擢して紹介した山下洋輔は、彼女のデビューを祝って魅力的なオリジナル曲をプレゼントした。それが5曲目の「ノース・バード」で、本デビュー作のタイトルとなった。まさに北(北海道)から世界に向けて飛び立った1羽の小鳥(バード)を思う。バードとはモダン・ジャズの永遠のシンボル、チャーリー・パーカーの愛称でもある。寺久保のアルト奏法がパーカーに発し、渡辺貞夫ら多くの後継者を経てこのCDの彼女に脈々と流れ込んでいるのを目の当たりにしたとき、まさしく大空に向かって巣立ちする鶴の姿を想起せずにはいられなかった。ここでの彼女は持てる能力を100パーセント発揮しているとは思わない。100パーセントと言えば、将来の伸びしろがないような印象を与えかねない。彼女のジャズ人生はこれからであり、聴き手を刺戟する空恐ろしいくらいの可能性をもっている。ピットインで山下の「スパイダー」を演奏したときでも未知の領域に切り込み、果敢に挑戦する進取の気構えを示してみせた。その印象が強い人たちからは、この1作は余りにきれいにまとまり過ぎていると思われかねない。それはしかし、裏返せば褒め言葉でもある。高校生でトップ・アルト奏者を彷佛させるこんな凄い奏法をすでに身に着けていることじたいが驚きなのだから。それもバロン、マクブライド、ピアソン、2曲に加わっているバーンスタインという錚々たる連中を相手にして、彼らにヒケを取らないこれほど魅力的な演奏をするのだから、目を丸くするのは当たり前だろう。ウェイン・ショーターの「イエス・オア・ノー・ワン」とか、ジョー・ヘンダーソンの「ブラック・ナルシサス」などを好んで演奏しているというだけでもびっくりだが、彼女が「ティム・タム・タイム」のような魅力的な曲を書いていることにも感心させられた。最後の「A列車に乗ろう」だけが、バロンとのデュエット。バロンが親しい仲間の1人と語り合っているふうで微笑ましい。このアルト奏者って本当に女子高校生?(悠 雅彦) 

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NEW1.31 '16

追悼特集
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#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
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COLUMN
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音の見える風景
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オスロに学ぶ
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CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
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#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
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