#  692

福井ともみ/アット・ザット・モーメント
text by 悠 雅彦

SSJ/24 Jazz Japan XQAMミ1801 エ 3, 000(税込)

1.いそしぎ
2.花冷え
3.知床旅情
4.ポルカ・ドッツ・アンド・ムーンビームズ
5.アット・ザット・モーメント
6.カフェ・ドゥ・ラ・プラージュ
7.パリの2月
8.ミッドナイト
9.ウォーム・ヴァレイ

福井ともみ(piano、arrangement)
伊勢秀一郎(trumpet 1、2、5、6、8)
岡 淳(tenor saxophone & flute 1、3、5、6、8)
横山裕(bass/9を除く )
久米雅之(drums/9を除く )

録音:2009年12月28&29日

 初めて通して聴いた直後の率直な感想は、きれい過ぎるくらいにきれいな演奏の展開とサウンドの流れだが、聴き手を時に挑発するくらいの山がひとつあったらなおよかったのに、ということだった。特別に無い物ねだりをしているわけではなく、ガツンと訴える何かが山場にでもあれば、この1作はさらに迫力を生み、主人公の優れた音楽性を一段と引き立てたに違いないだろうし、その可能性も能力も充分あるのにと、そこが私には残念に思われた点だった。逆に言えば、それ以外にこのアルバムでの演奏や音創りには、これといった欠陥はない。きれい過ぎるくらいによくできている。主人公の特別な能力に焦点を当てれば、注目すべき1作であることは間違いない。
 その主人公が福井ともみ。近年横浜や都内のライヴハウスで活発な活動を展開中である。バークリー出身者が大きな注目を浴びる中にあって、彼女は神奈川大学出身という異色の演奏家で、97年には市川秀男についてピアノを学び直し、このころから本格的な活動を繰り広げるようになった人だ。その成果の1つがさまざまなスコアを出版したり、アレンジャーとしての手腕を発揮するようになった活動だろう。ピアニストとしてはそんなさ中の2006年4月に吹き込んだ『 Go Straight to LA 』がデビュー作だったというので、本作はそれに続く第2作ということになる。ピアノ・トリオの第1作は未試聴だが、想像するにピアニストとしての能力を前面に押し出した作品ではないか。一方、この第2作は明らかにアレンジャーとしての能力に力点をおいている。編成はバップ以来の典型的なクィンテット形式だが、フロントに2管を配したいわゆるコンボ形式のアレンジは意外に難しい。下手をすると何の特徴もない、アレンジとは名ばかりのイージーなものに堕しやすい。
 ところが、最初の2曲で、すでに福井が平凡の域を超えた個性的で魅力的なアレンジャーであることがはっきりした。私が目をみはったのは、オープニングの「ザ・シャドウ・オヴ・ユア・スマイル」。速めのフォービートという意表を突くテンポもさることながら、テーマの旋律性ではなく、旋律と和声の相互関係からロジカルに抽出された音のからくりを導入部に配しているのだ。それが終わってあの聴き馴れたメロディーが2管(トランペットとテナー)で奏される瞬間の氷解感覚。これが彼女の最初から狙った計算なら驚くべきセンスだ。
 2曲目は久米雅之の曲を福井がアレンジしたものだが、彼女の編曲手腕はここでも1曲目に示した独特のセンスに貫かれた音の構成美を通して発揮されている。この冒頭2曲のサウンドを聴いていると、あたかもモダン・ジャズ黄金期の50年代ジャズと、ウィントン・マルサリス以後の世代が推進した再生したネオ・モダン・ジャズとが、意気投合し合ったサウンドのように響く。例えばブルーノート・ジャズと90年代ネオ・モダン・ジャズとの合体のような浮遊するスウィング性。
(6)はベースの横山のオリジナルだが、これも福井のアレンジで見事なバラード曲に仕上がった。(5)、(7)、(8)の3曲が福井自身の作編曲作品。タイトル曲の(5)が恐らくはベスト・トラックだろう。岡のフルート・ソロも会心の出来だと思うが、欲を言えばこの(5)や(6)あたりで真に手に汗握るクライマックスが呼び込めれば、まさに鬼に金棒だったのだが。そこまで注文するのは酷か。
 好ましい印象を持ったのが「知床旅情」。岡のフルートをフィーチュアしているが、強引にジャズ化したといった印象は全くない。要所にほんの少しだけ手を加え(アレンジし)ただけで、日本の風土から生まれたジャズといいたいくらいのフィーリングが生まれている。アレンジャーとしての側面に焦点を当てたこの第2作は上品に仕上がっており、意欲を剥き出しにするような挑戦的な試みへの期待は次回作にとっておくことにしたい。もちろん彼女のピアノ演奏の次へのステップにも注視する。本作でも福井のピアノ・ソロも随所に聴けるのだが、当たりの柔らかい上品さゆえか余り目立たない。たとえば「ポルカ・ドッツ〜〜」と自作の「パリの2月」はピアノ・トリオによる演奏だが、強烈なアピールとはまったく別の柔らかな薫風を感じさせる知的なタッチとセンスが心地よく頬を撫でる。あるソロでは老成した演奏をすら感じさせる彼女にしては、この「ポルカ・ドッツ〜〜」の演奏はピアニストとしての手腕を感じさせるに充分なトラックではあったが。
 最後の「ウォーム・ヴァレイ」は純然たるソロ。福井の品のいいセンスが 匂うようなエリントンだった。エリントン・フリークのプロデューサーにせがまれて演奏したわけではないだろうが、福井ともみの音楽性や個性を測るにふさわしい曲、演奏と聴いた。(2010年6月/悠 雅彦)  

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