# 695
Natalie Merchant/Leave Your Sleep
text by 若林 恵/Wakabayashi Kei
Nonesuch
Disc 1:
Nursery Rhyme of Innocence and Experience*
Equestrienne*
Calico Pie*
Bleezer's Ice Cream*
It Makes a Change*
The King of China's Daughter*
The Dancing Bear*
The Man in the Wilderness*
maggie and milly and molly and may*
If No One Ever Marries Me*
The Sleepy Giant*
The Peppery Man*
The Blind Men and the Elephant
Disc 2:
Adventures of Isabel*
The Walloping Window Blind
Topsyturvey-World*
The Janitor's Boy*
Griselda
The Land of Nod
Vain and Careless
Crying, My Little One
Sweet and a Lullaby
I Saw a Ship A-Sailing
Autumn Lullaby
Spring and Fall: to a young child*
Indian Names
もはやベテランといってもいいシンガーソングライターのナタリー・マーチャントは、本作で、英米の詩やナーサリー・ライム(わらべうた)などに自ら旋律をつけ、歌うことに挑戦している。かつてウディ・ガスリーの遺稿に曲をつけて演奏するという、似たようなプロジェクトに参加したことを思い起こす向きもあるかもしれないが、このプロジェクトは、そうしたこととは無関係な、ぐっとパーソナルなところからはじまっている。
幼い自分の娘に、子ども向けの詩や物語を何年にもわたって「読み聞かせ」てきた経験が発端だそうだ。読み聞かせをしていくうちに、それぞれの詩の奔放なイマジネーション、言葉遊びや語呂合わせの面白さ(たとえば「マザー・グース」)に彼女自身が魅せられてゆき、やがて詩人たちに関する本や資料を読み漁り、遺族に会いにいくほどまでに没入すaるようになった。いつからか自分でそれにメロディをつけるようになり、リサーチを重ねながら作曲に没頭する日々は、気がついたら5年も続いていたと彼女はライナーノーツに記している。
取りあげているのは、E.E.カミングスやオグデン・ナッシュ、エドワード・リアといった英国のユーモア詩人、聞いたこともない19世紀-20世紀のアメリカ詩人、作者不詳の俗謡などだ。「マザーグース」からも一篇採用されている。彼女はそれを、ときにケルト風、ときにブルーグラス風、ときにラグタイム風、ときに中国風、レゲエ風と、さまざまな音楽のスタイルで彩っていく。おかげで2枚組全26曲に参加した演奏者は、ウィントン・マルサリス・クインテット、メデスキ・マーティン&ウッドほか総勢100人にものぼることとなった。と、書くと、いかにもジャンルを自在に横断した、壮大な音の絵巻になっているかのようだが、これがまったく違う。ナタリーは、終始ひそやかで親密なトーンで、自らの手で摘みとった「詩」をぼくらに向けて「読み聞かせ」てくれる。
個々の詩がもつイマジネーションの世界を、彼女自身の声で語りなおすこと。それは世界中のすべてのお母さんたちが、自分の声、自分のリズム、自分の抑揚で子どもたちにおとぎ話を語ってきかせることと、実はなんら変わらない。ナタリーの場合、ひょんなめぐりあわせからソングライティングの才能があり、聞き間違うことのない独特な声があり、音楽家としてのキャリアのなかで培った豊富な音楽的語彙があることで、その語りが、普通のお母さんよりはちょっと多彩で、キメの細かな陰影に富んだものとなっているにしても、そのことは彼女にとってはまったく重要ではなかったはずだ。「読み聞かせ」を通じて、詩や物語が口づてに伝えられていくことの豊かさを感じた、と彼女は語っている。重要なのは、「何を語るか」でも、「どう語るか」でもない。「語る」という営みそのものなのだ。
「語りというものが、いかに魅惑的なおもちゃであり、自分の母国語がどれほど豊かなリズムとライムをもっているかを娘に伝えたかったんです」。作品全篇を通じて、ナタリーはそれと同じ思いをクールに持続する。「音楽家」としてのエゴを表出させることなく、「母親」の表情のまま穏やかに語り続ける。魔女や、勇敢な少女や、盲目の男や、巨人や、象や、船乗りや、サーカスの仔馬や、中国のお姫さまが行きかうお伽話やナンセンス詩の世界を、巧みなアレンジと語り口で立体化する。ぼくらはナタリーの子どもになった気分で、目をぱちくりさせながら、目には見えないその世界をただただじっと凝視すればいい。
80ページにも及ぶ本作のブックレットには、それぞれ曲のタイトルが記された26冊の本の背表紙が並んだ写真が掲載されている。それが意味するところは明瞭だ。本作は、ナタリーがぼくたちのために用意してくれた「本棚」なのだ。ずらりと並ぶのは、ナタリー・マーチャント編集・作曲による「童謡大全・全26巻」。「今日はこれを読んで」と子どもが絵本をせがむように、ぼくらは26冊のなかから、繰り返し読んで聴かせてもらいたくなる1篇=1曲を好きなだけみつけることができるというわけだ。(若林 恵/Wakabayashi Kei)
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
:
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
:
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
:
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄
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