# 696
渋谷毅 津上研太/無銭優雅
text by 望月由美
Carco 0013 ¥2,500(税込)
渋谷毅 piano
津上研太 reeds
1.A Reason For Tears
2. いやおい
3. Boys & Water Guns
4. Cosmic Valley
5. 無銭優雅
6. 発作の一時間前
7. 12月の月
8. Ballad For 916
作曲:津上研太
プロデューサー:渋谷毅
コーデイネーター:斉藤paku厚/渡辺徹(RINSEN INC)
録音:島田正明
2009年9月2、3日 アケタの店
一曲目<A Reason For Tears>をきいて、以前、リー・コニッツが60年代前半の長い沈黙をやぶって発表した『ヨーロピアン・エピソード』(1968年、CAMPI)を聴いた時の記憶がよみがえり、二人の演奏とだぶらせながらしばらく聴き進んでゆくうちにやがてコニッツの影が消え津上研太の姿が浮かび上がってくる。寄り添うように漂っているピアノもマーシャル・ソラルから渋谷毅にもどった。白昼夢のような一瞬であったが2度くり返し聴いても同じ感覚になったので偶然以上のものを感じたのである。
渋谷毅のデュオ・シリーズの第4作にあたる本作は前作同様「アケタの店」で録音されているがライブではなく津上、渋谷の二人とエンジニアだけで粛々と創られている。それ故かこのデュオ・シリーズには独特の静けさと安堵感、ある種の懐かしさが漂っている。そしてその背後には誰も入り込めない親密さがかもしだされている。
津上研太は当然のことながら渋谷毅オーケストラの一員で、本シリーズの4番手としての登場である。自己のグループBOZO、大友良英NEW JAZZ ENSEMBLE、菊地成孔等と多方面で活動しているがそれぞれの局面でそれぞれの顔を持っているのが津上研太であり、フレキシブルなスタイリストである。大友良英のONJOではエリック・ドルフィーのアウト・トウ・ランチ(ダウトミュージック)を演じたことも記憶に新しい。さて本シリーズは渋谷毅のデュオの相手が曲をもってくるのが慣わしとなっており、本作も全曲津上研太の書き下ろしのオリジナルが演奏されている。津上の書いた曲はみな以前から二人で永年にわたって演奏していたかのようにしっくりと馴染んでいる。極めて柔軟性のある津上の渋谷毅との長い付き合いのなかで醸造されていた渋谷像というものがデュオというかたちで描かれているようであらためて渋谷毅のパーソナリティを強く印象づけられ、まるでImpressive Nishiogiといった風情が漂う。
5曲目の<無銭優雅>は山田詠美の小説のタイトルからとったものでジャケットには山田詠美が<ライナーノートにかえて>というエッセイを寄せている。それによると津上と山田は、今はもう既に店をたたんでいる西荻窪のジャズバー「Konitz」で知り合ったという。店には吉野弘志や小山彰太、浜田均そして津上研太等が出演しており山田詠美はそこでのセッションに優雅に遊ぶ、とっておきのショーケースを見出したようである。その優雅な夜は4年続いて店主の突然の死によって終わりを告げる。このような伏線から山田詠美はこの作品を、何かを失ったことのある大人のやるせなさに満ちていると書いている。渋谷毅はこのエッセイを大変気に入っているようだ。
冒頭でもふれたように筆者は偶然にもLee Konitzのイメージをだぶらせたが西荻窪の「Konitz」については残念なことに訪れたことはなかった。
この5曲目に限らず渋谷毅のピアノが絡むとまったく異次元の世界にとんでしまうところが面白い。津上研太とのデュオでありながらオーケストラの風情をただよわせつつ渋谷毅の香りが見事に立ちのぼるのである。このテイストこそが本シリーズに一貫して流れている醍醐味であり他の人には出せない味である。テイストといえばジャケットにもあらわれている。本シリーズはデザイナーの四釜裕子さんと渋谷さんとでデザインを作っているが5面の紙が風呂敷をたたむようにCDを被う構造のジャケットに渋谷さんお気に入りの絵またはイラストが使われている。今回はシブヤシゲヨシさんの作品「イノル」がその5面を有効に使ってデザインされている。ややっこしいが渋谷毅とシブヤシゲヨシさんは血縁関係ではない。北海道ツアーなどで伊達方面に行くと渋谷さんはよくシブヤシゲヨシさんの元を訪れて話をしていたという関係だそうである。そしてあるとき、渋谷さんがシブヤシゲヨシさんから頂戴した絵が「イノル」で渋谷さんはいつかこの絵をつかいたいと思っていたが、今回それが実現したのだそうである。「イノル」は無銭優雅というタイトル文字と妙にマッチしていてジャケットをながめながら聴くと山田詠美さんのエッセイと津上、渋谷の演奏が自然と一体化して、どことなくセンチな気分にさせられる。因みにシブヤシゲヨシさんは北海道・伊達の方で17年前に亡くなっている方だが「50音感性の正体」など言語の発生を研究した方で、一方で自宅の石ころの研究に生涯をかけたということをWebで知った。
一作目の『月の鳥』(CARCO 0008 )では石渡明廣(g)と、二作目の『帰る方法 3』(CARCO 0009 )では松本治(tb)、三作目の『Blue Blackの階段』(CARCO 0012)では松風鉱一と、そして今回の『無銭優雅』(CARCO 0013)では津上研太とのデュオが創られた。渋谷毅オーケストラの残るメンバーは峰厚介、林栄一、上村勝正、古沢良治郎、外山明となった。さて、5作目は誰とデュオをするのだろうか。(望月由美)
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
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#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
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#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
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