#  697

南博/フロム・ミー・トゥ・ミー
text by 悠 雅彦

Airplane AP - 1040 ¥ 2, 500 (税別)

1.バラク・オバマ
2.シー・アンド・ジ・オーシャン
3.ディセンバー、ディセンバー
4.ウィンドウ・イン・ザ・スカイ
5.さくら −チェリー・ブロッサム−
6.アンジー・ディッキンソン
7.ティアーズ
8.フォーリング・フォーリング・ペタルズ
9.プレイズ・ソング

南博 piano
竹野昌邦 tenor & soprano saxophone
水谷浩章 bass
芳垣安洋 drums

recorded at Wang Guang RecLabs, on 16th and 17th March 2010
mixed by Hideki Ataka at STUDIO Peach Blue Peach
mastered by Hideki Ataka at STUDIO Peach Blue Peach
directed by Jun Abe
produced by Jun Kawabata

 ピアノ・トリオの『The Girl Next Door』(ewe)が好評という南博の、クヮルテットによる新作。クヮルテットは “Go There” で、何でも7年ぶりの作品だという。サックスをフロントにおいた文字通りのワン・ホーン・アルバムだが、ワン・ホーンものに少なくないめりはりのきいた明快な構成感のある演奏が頭にあったせいか、隠さずに言えば最初に通して試聴したときはピンとこなかった。こんなはずはないと繰り返し試聴し、結局3度立て続けに聴いた。3度目の試聴で雲間から太陽が顔をのぞかせた瞬間のような悦びを覚えたことを告白しなければなるまい。こういう経験は時としてあるものだ。さまざまな理由があるが、特に本作のような全編オリジナル曲だけを演奏したアルバムの場合、たとえ1曲でもそれがどんな意図のもとに作られた曲か、いかなる構造を持った曲かなどに拘泥していると、結局演奏が耳に入らなくなるといったことが起こる。考え始めると、音を素直に聴くよりも、思考回路に妙なスウィッチが入って、そのとたんに聴取能力が妨害されるのだ。このアルバムの場合、2曲目の「シー・アンド・ジ・オーシャン」と5曲目の「さくら」がそれだった。
 とりわけ「さくら」。なぜ南はこの1曲だけフリー・インプロヴィゼーション構成にしたのか。サウンドの流れや各奏者のフリーな音のからみ合いを頭の中で反芻しながら、しばらく脳裏にこだましている音を眺めていた。そのとき、この演奏が能楽の背景で漂っている1場面となって降りてきた。漂っているのではなく、恐らくは舞っていたのだと思う。たとえば「西行桜」で、桜の下にたたずむ西行の前に桜の精霊が現れて語りかけるときの霊妙な舞。ふと思う。南は世阿弥が「花鏡」で述べた幽玄の美を脳裏に描いたのかもしれない、と。能は本来すべて即興で演じられる芸であり、ジャズのフリー・インプロヴィゼーションとは立ち位置が重なり合う。そう思って聴き直すと、桜の幻惑的な美しさをフリーな即興の舞に象徴してみせたかのような「さくら」がいとおしく感じられはじめたのだった。
 ”Go There”というこのクヮルテットは結成以来1度もメンバーの変動もなく、実力が伯仲し合う南、竹野昌邦、水谷浩章、芳垣安洋ら4者の音楽性や演奏技法が極めてバランスよく発揮されるグループ。これは、現代における最もバランスよく充実した音楽性を力強く示すことに成功した今日的モダン・ジャズといってよいのではないか。オープニングの「バラク・オバマ」や8曲目の「(舞い落ちる桜の)花びら」の力強いフォー・ビート、「ウィンドウ・イン・ザ・スカイ」の豪快にスウィングするワルツ、「アンジー・ディッキンソン」のファンク風味のエイト・ビートなど、どれも火山が噴火するような爆発力を秘めた生命感を失わない。が、その一方で、とりわけ「ディセンバー、ディセンバー」と「ティアーズ」の滋味あふれるバラード表現の豊かな情感と詩的な響きを抜きにしては、本作の魅力に迫ることはできないだろう。分けても「ディセンバー、ディセンバー」は本作の白眉で、ここにも「さくら」の幽玄性と響き合う日本人的な情緒の発露を見るような思考性がある。かつての秀作『エレジー』(ewe)の濃厚な詩的表現を、私は即座に思い描いた。自分自身の鏡に自己を投影させることで、あのときよりもさらに日本の音楽家(東洋の、あるいはアジアの音楽家でもいい)としての生き方や音楽志向を演奏に反映させたいという気持が働いたからこそ、南がこの新作に『私から私へ』という標題をつけたのではないかと想像する。結果的に、ワン・ホーン・クヮルテットのフォーメイションが最高度のバランスと現代のモダン・ジャズらしい品格で演奏として達成された新作、と聴いた。(悠 雅彦)

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FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

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#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
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COLUMN
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#10 Contents
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