#  706

大西順子/バロック
text by 悠 雅彦

Verve/ユニバーサル UCCJ-2081 \ 2, 800(税込)

大西順子(piano)
ニコラス・ペイトン(trumpet)
ジェームス・カーター(tenor saxophone、bass clarinet、flute)
ワイクリフ・ゴードン(trombone)
レジナルド・ヴィール(bass on 1 ,2, 3, 5, 6, 7)
ロドニー・ウィテカー(bass on 1, 3, 5, 7)
ハーリン・ライリー(drums)
ローランド・ゲレロ(percussion on 1)

1.トゥッティ
2.ザ・マザーズ(ホエア・ジョニー・イズ)
3.ザ・スルペニ・オペラ
4.スターダスト
5.メディテーションズ・フォー・ア・ペア・オヴ・ワイアー・カッターズ
6.フラミンゴ
7.ザ・ストリート・ビート/52番街のテーマ
8.メモリーズ・オヴ・ユー

 「とうとうやったね!」。もし彼女がそばにいたら、肩を叩いて思わず祝福の声を掛けたに違いない。
 永らく住み慣れた東芝(サムシンエルス/ブルーノート)からユニバーサル(ヴァーヴ)へ移籍後の第1弾は、大西順子の豊かな能力と旺盛な音楽家精神、さらには野心的な創造力が見事に結集した会心の1作となって、あたかもジャズ界に王手を突きつけるかのような勢いで目の前に現れた。
 個人的ながら私にはこの日が到来する淡い予感があった。それは、およそ3年前の2007年9月、第一線を退いて約10年の間沈黙を守ってきた彼女が突如、レジナルド・ヴィール、ハーリン・ライリーのトリオでブルーノートにカムバックした復帰演奏で、ひそかに自己鍛錬を課し、ジャズの歴史的演奏を全身に浴びながら、ジャズ音楽家としていかに清新に再出発しうるかを問い続けてきた新しい大西順子の姿を目撃したからだった。「近年私が聴いたジャズの中では脳髄と感覚への刺激の強烈さで出色だった」とコンサート評(朝日新聞)にしるした。この夜、彼女はモダン・ジャズの巨人チャールス・ミンガスへの傾倒を惜しげもなく披瀝し、彼の音楽への深い共感を全身であらわしたのだ。たとえば、ミンガス・ミュージックのピアノ化を試みたり、テンポの操作で演奏を活性化させるミンガスならではのワークショップ技法を援用するなど、ミンガスやエリック・ドルフィーへの熱い執着をサウンドから垣間見せた。近いうちにその成果が達成される日が来るだろう。その到来を楽しみに待った私たちの前に現れたのがこの『バロック』である。
 満を持したといっていい彼女の移籍第1弾。資料が皆無の状態で、これがなぜバロックなのかも分からない。分かっているのは彼女が信頼してやまないレジナルド・ヴィールとハーリン・ライリーという、大西が16年前にヴィレッジ・ヴァンガードで演奏したときのメンバーを軸に、彼女にとって最良の個性的ホーン奏者3人をフロントに置き、彼女ならではの斬新なアイディアといっていい2ベース・システムを敷いたこと。このニューヨーク録音はメンバーや演奏曲の選定はもとより、いかにしてあのミンガス伝来のワークショップ様式を彼女のジャズの中で解き放ち、大西の個性的成果としてこれ以上はない形で達成することができるかを徹底的に考え、頭脳の中で煮詰めて導き出したかを、鮮やかに示し出した。聴けば分かるが、単にテーマを提示し、そのコード進行に沿ったアドリブ・ソロをリレーするだけの演奏からは決して得られない、変化と底知れないマジックのスリルに富んだサウンドが現出する。しかもそれが全8曲のどこを斬っても血が噴き出すような迫真の、しかも魅力満載の演奏となっているのだ。これはお世辞でも肩入れでも何でもない。事実を有り体に言えばこうなる、というに過ぎない。
 全8曲を詳述したらスペースがいくらあっても足りない。オープニングの「トゥッティ」から3曲聴いただけで(とはいっても、これだけで約35分)圧倒される。中でも約20分に及ぶ3曲目の「スルペニ・オペラ」1曲で、本アルバムの魅力と表現上の特徴を語ることができる。これは言わずもがな「三文オペラ」のことだが、かつてブレヒトとクルト・ワイルが「マック・ザ・ナイフ」で示したようにヨーロッパ流オペラを超え、喜歌劇、ミュージカル、ジャズ、タンゴなどあらゆる音楽の血を溶け込ませた発想を、大西はここで大胆に用いて、ジャズによるドラマに仕立て上げた。2ベースの対話(2ベース奏者のプレイが秀逸)で幕が開き、第1幕はフリーな掛け合いからミンガスを彷彿させる16小節のリフとその展開、役者の名演技を思わせるゴードンと大西のソロを縫ってさまざまな仕掛けが施される第2幕。とりわけ大西のソロはまるでピエロのパントマイムのようだ。つまり彼女は当初から曲と演奏を綿密に構成し、幾つもの見せ場を持ったドラマに仕立て上げたのである。ここでは全員が舞台上の役者であり、まるでミエを切ったりするようなゴードンの演奏にはにやりとさせられる。これは「トゥッティ」でも2曲目の「ザ・マザーズ」でも、あるいはミンガスの「メディテーションズ?」やバラードに異化してみせた「フラミンゴ」でも同じ。すなわち、ここでは1曲1曲がドラマである。と同時に、4曲目の「スターダスト」と最後の「あなたの思い出」をみずからのソロで演奏した全体が素晴らしいドラマになっているのだ。その「あなたの思い出」では19世紀の米国作曲家マクダウェルの「野バラに寄す」を巧みに取り入れて合体する。とりわけ冒頭3曲に限らず、江戸のびっくり箱を思わせる多様で意表を突く仕掛けと、それを消化して演奏に結晶させ、大西の指示に従って忠実に役割に徹した演奏者たちのテクニックと高い表現能力には、いくら賞賛しても賞賛し過ぎることはない。大西順子を通して大好きなチャールス・ミンガスのワークショップ演奏が現代に再生したことを悦び、それを実現させた大西ら演奏家たちを強く称えたいと思う。(2010年7月4日/悠 雅彦)

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#10 Contents
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