# 712
Mike Nock Trio/An Accumulation of Subtleties
FWM Records FWM - 001
text by 悠 雅彦/Masahiko Yuh
Mike Nock Trio/An Accumulation of Subtleties
FWM Records FWM - 001
Disc 1 :
1 ) An Accumulation of Subtleties
2 ) Joyous Awakening
3 ) Rite of Passage
4 ) Makeru Ga Kachi
5 ) Apotheosis
(Recorded at the Sydney Opera House Studio, August 3, 2008)
Disc 2 :
1 ) Elsewhen
2 ) Beautiful Stranger
3 ) The Wind
4 ) House of Blue Lights
5 ) A Tree Has Its Heart in Its Roots
6 ) The Gypsy
(Recorded at the Sound Lounge Sydney, October 10 - 11, 2008)
Mike Nock (piano)
Ben Waples (bass)
James Waples (drums)
ニュージーランド出身で現在はオーストラリアのシドニーでオージー・ジャズのリーダーとして活躍するピアニストのマイク・ノックの新作が届いた。マイク・ノックについては彼の新吹込作品が発売されるたびに紹介してきたし、今年の1月に私事で来日した折り、彼の教え子たち(ノックはシドニー大学の音楽科の教壇にも立っていた)と共演した唯一のセッション(新宿ピットイン)の模様も「食べある記」 の中で触れたりもした。人間的にも温和で懐の深いノックの音楽性は、決して奇をてらうことのない真摯な演奏家としての姿勢を率直に照射していて、聴き終えるといつもアットホームな充足感を覚えさせられる。
だが、彼の音楽が常にアットホーム一辺倒かというと、実はもっと多面的な、あるいはスタイルに固執しない柔軟性に富んだものだということを指摘しておかなければならないだろう。このことは、たとえば彼の作曲した作品をコンサート・ピアニストが取りあげたレコード (たとえばマイケル・ヒューストンや母国の弦楽四重奏団など)や、彼自身が異なったアンサンブルのために編曲したオーケストレーションなどによっても明らかとなるに違いない。昨年8月に吹き込まれた本CDからもその一端を窺うことができる。
この新作は2枚組で、1枚目がスタジオ吹込であるのに対し、2枚目がライヴハウスでの実録盤。スタジオ録音とライヴ演奏をカップリングするアルバムはLP時代からあったことからすれば別に珍しくはないが、ここで注目したいのは2つの異なった設定での演奏によって先に触れたノックの挑戦的なインプロヴァイザーぶりや柔軟な音楽性を目の当たりにできる点だ。スタジオ演奏とライヴ演奏とを分けて収録したことで可能になったノックの音楽的風景の広がりとヴィジョン(想像力)の知的な展開が、ベースのベン・ウェイプルズとドラムスのジェームス・ウェイプルズというウェイブルズ兄弟の優れて知的なアプローチと適切なリアクションを得て触発された結果、スポンテニアスに活きいきと動いていくサウンドの流れに乗って魅力的な果実を生みだしていったといってよいのではないか。聴き進んでいくにつれてそれがはっきりするだけでなく、パズルを解いて道を見出した演奏者たちの喜びが、聴き手の気持を包み込んで音宇宙の旅を楽しむ新しい次元を用意する。こういうトリオ演奏には久しく巡り会わなかった気がする。
スタジオ吹込の<Disc 1>。ノックの「アン・アキュミュレーション・オヴ・サトゥルティーズ」はシューマンか、フォーレか、ディーリアスのピアノ曲を彷彿させる詩的な作品。「幾重にも積み重なった精妙な美」の意か。ところが、次の「ジョイアス・アウェイクニング」からフリーな展開となる。と言ってもアヴァンギャルドな、あるいは何でもあり風なフリーではない。すなわち、和声進行がついた旋律ラインを料理する形からまったく離れた展開は、暗黙のうちに3者がその場でなすべき仕事(演奏、役割、表現)をそれぞれに理解しあうことから出発し、そのうえでの会話や応酬を通して詩の世界を遊泳するように、あるいは舞台劇を演ずるように繰り広げたマイク・ノック・トリオの新生面を示唆しているように見える。なるほど「ジョイアス〜〜」以下、「ライト・パッセージ/通過儀礼」、「負けるが勝ち」、「アポテオシス/神の祭祀」のすべてが3者の共作となっている理由もそこにあるのだろう。中で1例としてあげておきたいのが、ノックがプリペアードを、ベンがアルコ奏法を用いて異郷の風景を示した「通過儀礼」。その展開部は、あたかも異なった場面が現れては次々に転換される舞台演劇を目の当たりにするかのようにスリリングだ。ジョー・ロヴァーノの「何かだいじなことを話すため、自分だけの表現法をどう使うかがすべてだ」(マイケル・シーゲル著「サキソフォン物語」より)という言葉に秘められたジャズの即興演奏の核心を突く演奏となっているからだろう。
これに対して<Disc 2>の演奏は、オーソドックスなジャズの演奏様式に立つ6曲。冒頭の2曲と第5曲がノック自身のオリジナル曲である。3曲目の「ザ・ウィンド」は1月のピットインでの演奏でも取りあげていた詩的でロマンティックな作品。昔からのジャズ・ファンだったら、この6曲のラインアップを見たとたんに、「House of Blue Lights」のタイトルが目を射るのではないか。曲はジジ・グライスだが、エディ・コスタがドットに残した数少ないリーダー作のタイトルでもあるからだ。彼はヴァイブも上手かったが、自動車事故のため62年に僅か31歳で散ったセンス豊かなピアニストだった。62年といえばノックはバークリー音楽院で渡辺貞夫と共演していたころで、コスタの演奏を親しく聴いていたに違いない。曲はグライスらしいファンキーなマイナー・ブルースだが、テーマ提示後にノックとベン・ウェイプルズがリレーするソロに感心しながら、ノックにとってはいわば故郷に帰ったかのようなゆったりとした演奏、そこから生まれる寛ぎが、聴く者に忘れかけていたかつての光景や思い出を甦らせたりする何ともいえぬ心地よさにしばし思いを馳せた。そういえば、ピットインでもウィントン・ケリーの「ケリー・ブルー」やジョン・ルイスの「パリの午後」を聴きながら、そんな心地よさを楽しんだことを思い浮かべた。それにしても、このウェイプルズ兄弟は達者だ。兄のベンは一昨年オーストラリア国内の優れた演奏家に与えられる賞を獲得しただけの秀逸なプレイを披露。弟ジェームスはもともとクラシックのピアニストが出発点だった人だけに単なるドラマーを超えた音楽性が豊かな新鋭だ。<Disc 2>のオーソドックスな演奏でも両者のプレイがノックを守り立てているのがよく分かる。
最後は40年代半ばにインク・スポッツでヒットした英国生まれのジプシーソングで締めくくられる。マイク・ノックの新しいトリオ活動に注目させるにふさわしい意欲的な2枚組作品である。(2010年7月23日 悠 雅彦)
* マイク・ノック9月「東京JAZZ」に出演
9月4日(土)東京国際フォーラム地上広場「ネオ屋台村」観覧無料
Austrarilan Jazz Wave 2010
マイク・ノック・トリオ
マイク・ノック“Tokyo” ビッグ・スモール・バンド
feat. 中川英二郎/太田剣
問)東京国際フォーラム 03-5221-9105
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#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
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