# 713
Jam at Basie featuring Hank Jones/追悼ハンク・ジョーンズ
text by 望月由美/Yumi Mochizuki
ZZJA PLUS/Happinet HMCJ-1004 ¥3,000(税込)
ハンク・ジョーンズ ( p )
デイヴィッド・ウォン ( b )
リー・ピアソン(ds)
レイモンド・マクモーリン ( ts) on1,7,8,9,10
1.クール・ストラッティン (Sony Clark)
2.コットン・テイル(Duke Ellington)
3.サマータイム(George Gershwin)
4.ジョーンズ嬢に会ったかい(Richard Rodgers-Lorenz Hart)
5.ロード・ソング(Wes Montgomery)
6.イン・ア・センティメンタル・ムード(Duke Ellington):Solo Piano
7.マーシー・マーシー・マーシー(Joe Zawinul)
8.トウィステッド・ブルース(Wes Montgomery)
9.ムーズ・ザ・ムーチ(Charlie Parker)
10.ブルー・モンク(Thelonious Monk)
プロデューサー:"Swifty” 菅原昭二+伊藤” 88” 八十八
録音:鈴木良博 2009年8月14&15日@一関ジャズ喫茶「ベイシー」にてライブ収録
老舗ジャズ喫茶「ベイシー」の40周年記念企画として「SWIFTY &“88”」レーベルから昨年の暮れに一枚5万円のクリスタル・ディスクで発売され話題を呼んだものが、今回ハンク・ジョーンズの追悼というかたちで通常CD盤として新たにリリースされたものである。クリスタル・ディスクとしては一般的には一枚10万円というのが相場であったがそれを半値の5万円という破格の価格設定で発表当時評判になった。高音質のクリスタルCDの音が聴きたい、評判の「ベイシー」の音が聴きたいと思った人も多かったと思うがそれでも普通のCDにくらべれば未だ一桁高い価格なのでなかなか手が出せない人のほうが多かったと思う。筆者を含めそう云う人には朗報である。また、プロデューサー伊藤八十八さんが新たに立ち上げた「ZZJA PLUS(ズージャプラス/ハピネット)」レーベルの第一陣として発表されたアルバムの中の一枚という点でも注目の一作である。
今年の2月、東京のソニー・スタジオでグレイト・ジャズ・トリオの演奏を録音した後ハンクはニューヨークへ戻ってから体調を崩し5月16日、その輝かしい人生に幕を下ろした。従ってその時の作品「ラスト・レコーディング」(Eighty-Eight’s)がハンク・ジョーンズのラスト・アルバムであるがライブ録音としては本作が「ラスト・ライブ」ということになる。
昨年の8月14日と15日の二日間に亘って繰り広げられた、「ベイシー」の40周年とハンク・ジョーンズの91歳の誕生を祝うジャムセッションで演奏された40テイクに及ぶ演奏の中から選び抜かれた10曲が収められている。グレイト・ジャズ・トリオの演奏を中心にレイモンド・マクモーリンのテナーが加わったカルテットが5曲、ハンクのピアノ・ソロが一曲という構成で、あたかも「ベイシー」の最前列、かぶりつきで聴いているような臨場感である。先ず一曲目の<クール・ストラッティン>の選曲に意表をつかれる。テナー入りのカルテットである。レイモンド・マクモーリンのファンキーなソロについで登場するハンク。唄ものやスタンダードのハンクという先入観をもっていたが、ソニー・クラークまでもハンクは調理してしまうのか、とジャズ喫茶の全盛時代を想いだしながら、なつかしい気持ちで聴き入るうちにハンクはジョニー・グリフィンの<JAMFS Blues>のフレーズをさりげなく引用してグルーヴィーなムードを醸し出す、やはりハンクは懐が深い。2曲目から5曲目まではテナーが抜けグレイト・ジャズ・トリオの演奏となり、じっくりとGJTが聴ける。エリントンの<2.コットン・テイル>で軽妙にスイング、とにかくデリシャスの一語につきる演奏である。途中、デイヴィッド・ウォンのベース・ソロ、リー・ピアソンのブラシによるドラム・ソロが挟まれる。絹のように肌触りのよい感触でまさにザ・トリオといいたくなるような一体感である。曲と曲の間に聴かれるハンクのMCもベルベットのような滑らかさで会場を包み込む。普通、ライブ盤に収められたMCには耳障りなものが少なくなく、つい飛ばし聴きしたくなることが多いのだがハンクの場合は別でMCまでが音楽の一部になっているように聴こえる。<3.サマータイム>はテンポをスローにしてバラードの極致を表現、多くの名演を残しているこの曲にGJTもまた名演を刻んだと云えよう。<4.ジョーンズ嬢に会ったかい>を聴きながら今から52年前の1958年、サド、エルヴィン、ハンクの3兄弟が一堂に会して共演したアルバム『Keepin’ up The Joneses』(METROJAZZ)を思い出して聴きなおしてみた。ハンクのピアノの響き、フレーズの鮮度は52年前と変わらないばかりか、より洗練されていることに改めてハンクの偉大さを思い知ったのである。<6.イン・ア・センティメンタル・ムード>は本アルバム唯一のハンクのピアノ・ソロ。淀みのないフレーズだが安易に流れない、瀟洒でありながら華麗なハンクのタッチが芳しさを湛えエリントンへのオマージュとなっている。客席の反応もため息から歓声に変わる微妙な気配を上手くとらえている。以前、伊藤八十八さんはライブ・レコーディングで一番難しいのが会場の拍手の録りだと話されていたことがあるが、本アルバムでも会場の拍手が絶妙のバランスで収録されており、よりライブの生々しさを引き立てている。まさにライブ・アット・ベイシーである。そして<9.ムーズ・ザ・ムーチ>は1977年の2月、ハンク・ジョーンズ、ロン・カーター、トニー・ウイリアムスによる初代グレイト・ジャズ・トリオの記念すべきファースト・アルバム『At The Village Vanguard』(EAST WIND) の冒頭を飾った曲である。トニーのバスドラの音はジャズファンだけでなくオーディオファンにも強くアピールし、いまだに名演奏、名録音盤としてGJTの名を世界に知らしめ、同時に伊藤八十八さんの名前も広く知られるようになった記念すべきアルバムである。さて、33年をへて場所を一関「ベイシー」に移してのGJTは、初代に引けをとらない快演である。リー・ピアソンもトニーを意識したかどうかは計り知れないが、シンバルがビュンビュンとんで来る、バスドラもジャスト・タイミングでドスドスと迫ってくる。伊藤八十八さんは日頃からジャズはドラムが基軸にならなくては意味が無いという持論を語っていらっしゃるが、本作のリー・ピアソンもあたかも聴き手の目前で叩いているかのようなリアルな音に耳を奪われる。
本作のレコーディングにあたってはハンクの繊細でダイナミックなサウンドを生々しく録音するにはアナログの一発録りしかない、とスチューダーのテープ・レコーダーA-820を整備し、アンペックスのハーフ・インチ・テープを苦労してかき集めて録音に臨んだという。エンジニアは長年コンビを組んでいるソニー・ミュージックの鈴木良博さん、アナログのダイレクト録音である。マスタリングはやはりソニー・ミュージックの鈴木“C-chan”浩二さんという万全の布陣であり、オーディオに素人の私が聴いても音の素晴らしさに小躍りするほどの生々しさである。因みに録音時のマイク・セッティング等は本プロジェクトに参加しているハーマン・インタナショナルのHPに掲載されている。マイク・セッティングまでオープンにするのはスタッフが音に自信のある証であろう。
http://www.harman-japan.co.jp/news/jam_at_basie.html
本アルバムのジャケットがまた、実に洒落ている。ベイシーの店主でステレオサウンドのエッセイ等でも著名な菅原昭二さんの撮影になったものであるが、その凝り様は尋常ではない。ハンクの91歳の誕生祝と「ベイシー」の40周年の祝いとを重ねて上等のシャンパンのボトルにジャケット写真に見られる文字を刻んだものであるという。シャンパンは3本造られ一本はハンク、一本は菅原さん、そして残りの一本は伊藤八十八さんが保存しているという。ジャケットの右下にJBLのロゴが刻まれているあたり菅原さんのこだわりが感じられる。本作はアナログLP ( ZZJAPLUS、HMJJ-1001/Happinet)も同時発売されているので、LPのジャケットを眺めながら聴くのも一興であろう。(2010年8月 望月由美)
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
:
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
:
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
:
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄
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