#  717

ギラ・ジルカ/all Me
text by 悠 雅彦 / Masahiko Yhu

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Jump World/BounDEE DDCZ - 1705 税込2, 625円

1.The Boy from Ipanema
2.Dive into Your Love
3.Honeysuckle Rose
4.Route 66
5.I Got It Bad And That Ain’ t Good
6.My Favorite Things
7.Li - Ye - O
8.Piece of My Wish
9.I Love You
10.Night And Day
11. ‘S Wonderful
12.You Make History

ギラ・ジルカ(Geila Zilkha):vocal/chorus
竹中俊二:guitar
矢幅歩:vocal (6、9)
木幡 光邦 :fluegelhorn (5, 8)、cornet (11)
岡部洋一:percussion(1、2、7)

Sound Producer:竹中 俊二
Executive Producer:三田 晴夫

 ギラ・ジルカについては異色のポップス歌手ぐらいにしか考えていなかった私にとって、このアルバムには驚いた。90年代半ばごろだったか、閉幕直前の斑尾ジャズ祭で司会をするかたわらポップ・ソングを歌っていた彼女しか知らない私には、それから10年以上経って“大人”になった彼女の別人のようなシンガーぶりに触れて、ときに魔術師のごとく人を生まれ変わらせる歳月の変幻的振る舞いを目の当たりにした思いだった。そのユニークな名前や出生(父はイスラエル人。母は日本人)ゆえばかりでなく、ハスキーがかったソウルフルなヴォイスで不思議な印象をもたらさずにはおかない彼女が、まさかこれほど聴くものを惹き付けるジャズ・ヴォーカル能力の持主だったとは。目を丸くするのはきっと私だけではないはずだ。彼女はバークリーに学んだ経歴をもつ。その点では彼女がジャズ・ヴォーカリストとしての優れたセンスやテクニックの持主だからといって本来なら驚くことはないはずだが、おそらくこれまで本格的なジャズ・ヴォーカリストとしての実力を示したことがなかったとすれば、当人にはジャズ・ヴォーカルを歌う自信が無かったか、ポップ界で好きな歌を好きなように唄うことに喜びを見いだしていたかのどちらかだろう。
 驚きついでにもう1つ。これはギラ・ジルカにとって初のアルバムだとか。つまり記念すべき初リーダー作である。CMだの、DJだの、あるいはゴスペル・グループなどのライヴ活動等、さまざまな形で活躍している彼女が、過去に自己名義のアルバムを吹き込んでいなかったとは、ついぞ私も知らなかった。そのあげくファースト・アルバムをジャズ・シンガーとして飾ったとなれば、本CDは、ギラ自身がジャズ・ヴォーカルに対する格別な思い入れを持ち続けていたことと、同時に秘かに研鑽を重ねる中でジャズ・ヴォーカル表現を世に問う機会は今をおいてないと彼女が感じたことを、彼女のスタッフや周囲の友人たちが察知し彼女の夢の実現に向けて動いたからこそ結晶した1作、といってよいのではあるまいか。この1作を聴いていると、裏に隠れた情熱や喜びの奔出を感じないではいられない。
 ジョビンの「イパネマの娘」(彼女は「ガールをボーイに替えて唄う」)がオープニング。初めは平凡な選曲と思わせながらも、やがて原曲とは違うコード進行(リハーモニゼーション)を用いた辛口の編曲によるサウンドづくりで聴くものを惹き付けたところで、これが並みの作品ではないことを確信した。ギラがギターの竹中俊二とどのくらいの共演を重ねているのかは知らないが、気心のあったもの同士のスムースなコラボレーションと意表を突くガット・ギターによるバッキングが本作の新鮮な魅力の源泉となっていることは、聴き進むうちにはっきりする。中でも3曲目の「ハニーサックル・ローズ」以下、「ルート66 」、「アイ・ガット・イット・バッド-」、「マイ・フェイヴァリット・シングズ」の4曲が、ジャズ・ヴォーカリストとしてのギラの傑出したセンスや唱法を遺憾なく発揮した出色のショーケースであり、これに後半のクライマックスを生んだコール・ポーターの(10)「ナイト・アンド・デイ」と(11)「スワンダフル」を加えた6曲が、ジャズ・ヴォーカル愛好家を堪能させる予期せぬ聴きものといって間違いない。(10)はヴァースから歌って欲しかった。
 ちなみに(2)、(9)は彼女自身のオリジナル曲で、(7)の詩も彼女の作。ゴスペルやソウルものに傾倒してきた彼女のポップ風味を示した楽曲だが、ジャズ・ヴォーカル・ファンにとってはせっかくの素晴らしいジャズ・ヴォーカルに水を差されたとの印象をもつかもしれない。ジャズ・ヴォーカルに絞ったアルバムつくりをした方がさらにスッキリした作品となっただろうと多くのジャズ・ヴォーカル・ファンを思うのではないか。それはそれとして、今井美樹のヒット曲に彼女が英詞をつけた「ピース・オヴ・マイ・ウィッシュ」と、同様に英詞をつけて唄った「竹田の子守唄」の2曲。ギラの抜群の英語力と優れたバラード唱法によって、こちらは後半のプログラムを引き締める恰好のアクセントとなった。おそらくギラとしてはジャズ・ヴォーカルを含めたトータルなシンガー像をアピールしたいと考えたのだろう。それはそれで納得できる。『all Me 』はそれゆえのタイトルというべきなのだろう。
 スタイルからいえば、ギラはじっくり計算してドラマづくりをするタイプではなく、どちらかといえば出たとこ勝負で自在に歌えるシンガーと聴いた。それだけスポンテニアスなスピリットを発揮して歌う即興性が魅力で、ファッツ・ウォーラーの(3)などはアニタ・オデイを彷佛させる。レイジーな息づかいとか形が崩れた面白さ、いわば型にはまらない魅力が彼女の持味といっていいだろう。彼女のスキャットが活きいきとしてノリがいい理由でもあるが、「ルート66 」と特に「スワンダフル」のスキャットは器楽奏者のアドリブを思わせる音楽性が素晴らしい。
 最後に共演者。矢幅歩という男性歌手は初めて聴いたが、「マイ・フェイヴァリット・シングズ」のデュエットがフレッシュなのはギラと矢幅のヴォイスの質が良く調和していて、彼女を巧みに守り立てている。竹中のガット・ギターが随所でいい味を出しているが、「スワンダフル」では本領発揮のソロを開陳する。トランペットの木幡光邦と岡部洋一の優れたバイプレーヤーぶりもさすがというべきか。驚くべきジャズ歌手が登場といっていいかどうか分からないが、アルバム全体を通して舌鼓を打つように楽しんだ。(8月20日 悠 雅彦)

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NEW1.31 '16

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#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


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