# 723
坂田明 trio/チョット ! I’m here
text by 望月由美 / Yumi Mochizuki
ダフニア/BRIDGE DPCD-0005 2,500円
坂田明 (as,a-cl,cl,vo,bells)
黒田京子 (p,vo)
水谷浩章(b,vo)
1.いさな (Whale is?) by坂田明、黒田京子、水谷浩章
2.チョット(I’m here)by 坂田明
3.Lake Mendota by 坂田明
4.Lonely Woman by Ornette Colman
5.オオカミでたぞというた(A Wolf came to me,said“No!”)by 坂田明
6.Siciliano aus der 2 Flotensonate by J.S.Bach
プロデューサー:坂田明
録音:近藤祥昭@GOK sounds/2010年7月8日
昨2009年6月の東北、岩手ツアーを機にスタートした坂田明のニュー・トリオ「坂田明 trio」のファースト・アルバム『チョット!(I'm here!)』はピアノの黒田京子、ベースの水谷浩章が加っての、ドラムレス・トリオである。音楽以外でもミジンコの研究やエッセイの執筆など奇抜な発想と卓越した実行力でジャズの近傍を行き来しつつ独自の世界を築いてきた坂田明の今年の音楽的方向の一端を指し示す興味深い作品である。現在はこの「坂田明trio」、「坂田明&ちからもち」のほか、“がんばらない”のDr.鎌田實さんとの講演会等々、内外のさまざまなミュージシャン、オーソリティと精力的にフリー・セッションを行っている坂田明がこのニュー・トリオのアルバム・デビューとして渾身の力を込めた作品である。ここには、“がんばらない”はずの坂田明の生真面目なほどの真摯な姿が浮かび上がってくる。坂田明の音楽のべクトルに微塵のブレもないところが聴いていて清々しい。
(1)<いさな(Whale is?)>は辞書をひくと鯨の古称なのだそうだ。坂田のアルトと水谷のベースとの対話から始まる。そこに黒田のピアノが加わり、リズムに熱を帯びてくると坂田の目くるめくようなアルト・ソロが広がる。コルトレーンの死によってジャズは死んだ、という俗説に、どっこい生きているよ、と坂田のアルトは咆哮する。途中、タモリのハナモゲラ風スキャットの挿入がかえって音楽のリアルさを増す。静から動へと突然飛翔する展開、明快な主張は坂田明の真骨頂である。続いて(2)<チョット(I’m here!)>のタイトルは坂田が長門市の油谷湾の田んぼの傍にいたアカテガニに出会い、アカテガニが自分を睨みつけ威嚇する姿勢に気高さを感じ曲名にしたという。ジャケットのアカテガニは坂田明がその時撮影したものだそうだ。生きるものへの純粋で旺盛な興味を持ち続ける坂田明ならではのジャケット写真である。メシアンを想わせるような幽玄なテーマから坂田のアルト・クラがソロをとる。長く尾を引くようなロング・トーンはクールでアルト・クラの持つ音の魅力を引き出している。黒田のソロに坂田が“チョット”と合いの手を入れる。そして3者の集団即興へとなだれ込む。緩急の落差が面白い。(3)<Lake Mendota>は昨年、坂田が訪ねたウィスコンシン大学に隣接したメンドータ湖から名づけられたもので、坂田明の制作したミジンコのDVDの英語版の監修をしていただいた故スタンリー・ドットソン博士に献呈した曲とのこと。アルト・クラの低音部を活かしたカデンツァから童歌のように可愛らしいメロディーを何度も繰り返し大きなヴァイブレーションを生み出している。バス・クラとは違った低音の魅力がある。(4)<Lonely Woman>はオーネットの原点とも云うべき名曲。黒田京子(p)がフリーなイントロから静かにオーネットの主旋律を弾き、坂田のアルトがそれを引き継いでテーマを切々といたわるように吹く。なにか物悲しいせつなさが胸を打つ。これ程の曲になると、ひと夫々のロンリー・ウーマンがあるのではないかと思う。例えばブロッツマンのバリトン・ソロに想いを馳せる人、MJQで知った人、オーネットのオリジナルに愛着を持つ人、いろいろかと思うがテーマから付かず離れずに歌い上げる坂田のロンリー・ウーマンには悲哀を感じる。二人に絡む水谷のアルコが効果的である。(5)<オオカミでたぞというた>はおよそイソップの童話とは全くの別世界のようで、坂田のアルトが急速調で駆け巡る。そのブツブツ途切れた音の塊はより一層過激さをまし、山下トリオ以来の伝統的なフリーを蘇えらせている。(6)<Siciliano aus der 2 Flotensonate>はバッハのフルート曲を坂田明はクラリネットで原曲どおりに淡々と吹く。以前『ゆめ』(ダフニアDPCD-0004)でもバッハの<Ave Maria>を、『ひまわり』(がんばらないGNCD-0001)では<G線上のアリア>を吹いていたが、坂田の吹くバッハはどことなく土の香りがする。
あるときはミジンコの研究者として、またあるときは鎌田實さんとのトーク・ショー、そしてジム・オルークとのプロジェクト、ビル・ラズウェルの「東京ローテーション」を始めとしてその他多くのセッションに顔を連ね、その何処でも単純明快な主張で異彩を放ち続けている坂田明だが、自らが主宰するレーベル「ダフニア」ではいつも期待を裏切るようで裏切らない坂田明のありのままの姿を発表し続けている。新作『チョット(I’m here)』は、四方八方に発散し、決して収斂することはないひと、坂田明の今がある。常に拡散し続けるのが腰の座った坂田明流なのである。
「坂田明trio」は9月17日の名古屋「JAZZ IN LOVELY」を皮切りに京都、和歌山、徳島、島根そして故郷の広島まで新作『チョット!(I'm here!)』発売記念西日本ツアー2010を敢行する。ツアーから帰ってきた頃には又、次なる飛翔が待っているのではないかと期待してしまう。(2010年9月 望月由美)
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
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#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
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#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
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#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
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