#  725

後藤ミホコ/accordionist〜アコーディオニスト
text by 悠 雅彦 / Masahiko Yuh

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T’s Records/バウンディXQCM-1315 3,150円(税込)

1.プロローグ〜チャールダーシュ
2.ブルガリア組曲(ダイチョボ・ホロ、セヴダナ、ガンキノ・ホロ)
3.祈りを乗せて
4.剣の舞〜熊ん蜂の飛行
5.日本の歌(ソーラン節〜ふるさと〜浜辺の歌〜八木節)
6.アコーディオンブギー
7.陽気な旅人
8.ハンガリー舞曲第6番
9.会津ものがたり)
10.ロシアのうた(出会い、カリンカ、黒い瞳)
11.展覧会の絵(プロムナード、ババ・ヤーガの小屋、キエフの大門)

後藤ミホコ(アコーディオン、シンセサイザー)
栗原武啓(津軽三味線)/(5)(6)のみ

録音:2010年6月1日〜3日
プロデューサー:後藤ミホコ



 アコーディオン奏者の後藤ミホコが初のソロ・アルバムを自主制作した。8月に発売されたこの作品は、孤軍奮闘してきた彼女の汗とこの楽器に賭けたひたむきな思いが結晶したかのようなパッションを感じさせる。といってパッションを叩き付けて聴く者に力づくで迫る演奏ではなく、むしろ聴く者にアコーディオンの多彩な音楽性とサウンドを楽しんでもらいたいとアピールする後藤のサービス精神が音楽を躍らせていることに共感させられた、といっていいかもしれない。アコーディオンといっても、御喜美江、リシャール・ガリアーノ、coba、バンドネオンの小松亮太、三浦一馬、ディノ・サルーシぐらいしか知らない私だが、こういう楽しくもアットホームな雰囲気で繰り広げられるアコーディオン演奏は、ラプソディックな情熱性をたたえたときなど踊り出したくなるくらいに弾む。大阪音大に学んだだけあって彼女のプレイには音楽的な破綻がなく、安心して演奏の展開にのっていけるところがいい。
 このデビュー作は上掲のクレジットが示す通り、(5)と(6)で津軽三味線の栗原武啓が共演している以外は、すべて後藤ミホコ単独(ソロ)の演奏である。ただし、彼女は例外的な数曲を除いてシンセサイザーによるさまざまなサウンドを添加し、変化と多彩なニュアンスを付け加えた。結果としては首尾よく運んでいるのだが、余りにもきれいに仕上がり過ぎている感がする。真に生きた音楽とは集いあったミュージシャンの呼吸や気持の交感から生まれると信じる、私の勝手な思い込みかもしれないとしても。レコードとライヴは別物と割り切ればいいが、本来なら打楽器奏者やキーボード奏者を交えた演奏で録音した方が先端機器で重ねた音とは違う活きのよさや闊達さが、サウンドに人肌のぬくもりやヒューマンな色合いを与えたのではないか。注文はこれひとつだけ。せっかくヴァイブの有明のぶこらとの交流もあるのだったら、とふと思う。実際に、津軽三味線との共演で録音した「日本の歌」や「アコーディオン・ブギー」、とりわけ後者における津軽三味線の合いの手が新鮮で、なにやら阿波踊りでも見ている気分にさえなった。
 それはそれとして、冒頭に触れた通り、ライト・クラシックのコンサートでは聴く機会の多い「チャールダーシュ」を皮切りに、後藤ミホコの情熱溢れるアコーディオンの妙技が繰り広げられていく。全11曲中(3)(7)(9)の3曲が彼女自身のオリジナル、クラシックのレパートリーからは(4)のハチャトゥリアンとR・コルサコフ、最後の「展覧会の絵」、及び(8)のブラームス。わが国では聴く機会が余りない(2)ブルガリア組曲もこの範疇に入る。この「ブルガリア組曲」はロシアのセミョーノフの代表曲だが、彼女によるとセミョーノフは後藤が1999年にモスクワへ短期留学したときの師だという。彼女は2002年から2年間 Tengo というグループを主宰し、ロマ(ジプシー)の音楽を好んで演奏してきただけに、(1)、3曲からなる「ブルガリア組曲」、(8)の「ハンガリー舞曲第6番」などの演奏は技巧もさえ、情感も豊か。とくにブラームスがジプシー音楽に共鳴して作曲した(8)はベスト・トラックと言っていい出来映えだった。後藤は大阪音大でピアノを専攻しただけあって、和声を軸にした作品の構成に手抜かりがなく、たとえシンセとはいえ内声も明快で音楽的充実度が高い。
 (8)と並ぶ快適な演奏が(6)の「アコーディオン・ブギー」。この楽器は20世紀に入ってから積極的に改良され、それとともにオリジナル作品が生み出されるようになったが、この曲を作った米国のチャールス・マニヤンテもその波に乗って活躍した1人だったのだろう。後藤にいわせれば、彼はアコーディオン奏者としても完璧な技法を誇り、彼女も子供のころ彼の演奏したレコードを夢中で聴いたそうだ。ハーレム・ルネッサンスを象徴するブギをアコーディオン音楽として高めたひとつの例として聴くと面白いし、彼に入れ込んで後にアコーディオン奏者の道に入った後藤ミホコの出発点と心意気が伝わってくる楽しい演奏だ。ムソルグスキーの(11)では8度も多重録音したということだが、デビュー作に賭けた彼女の果敢なスピリットが体感出来る作品となったといっていいだろう。(2010・9・12 悠 雅彦)

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