#  728

ヴィジェイ・アイヤー/デビュー
text by 望月由美

ビデオアーツミュージック/ACT VACG-1011 2,625円(税込)

2010年10月6日発売予定

ヴィジェイ・アイヤー(p-solo)

1.ヒューマン・ネイチャー (Steve Porcaro、John Bettis)
2.エピストロフィー (Thelonious Monk、Kenny Clark)
3.ダーン・ザット・ドリーム (Jimmy Van Heusen、Eddy Delange)
4.ブラック・アンド・タン・ファンタジー (Bubber Miley、Duke Ellington)
5.プレリュード:ハートピース (Vijay Iyer)
6.オートスコピー (Vijay Iyer)
7.パターンズ (Vijay Iyer)
8.デザイアリング (Vijay Iyer)
9.ゲイムズ (Steve Coleman)
10.フルーレット・アフリケイン (Duke Ellington)
11.ワン・フォー・ブローン (Vijay Iyer)

プロデューサー:ヴィジェイ・アイヤー、クーキー・マレンコ
録音:2010年5月16,17日
スタジオ:OTRスタジオ、カリフォルニア
エンジニア:クーキー・マレンコ



 昨年ACTへの移籍第一作としてリリースしたアルバム『Historicity』がダウンビート誌の国際批評家投票でベスト・アルバムに選出されたほかジャズ・ジャーナリスト協会から2010年ミュージシャン・オブ・ジ・イヤーを獲得するなど一躍時の人となった話題のピアニスト、ヴィジェイ・アイヤーのACTからの第2作目である。そしてヴィジェイとしては初めてのピアノ・ソロ・アルバムになる。

 ジャズの伝統を極め、再認識した上で自分の立ち位置をしっかりと定めていることが今回、ソロというフォーマットを採ったことによってより一層明確に表現されている。ここでヴィジェイは自分のオリジナル曲のほかセロニアス・モンク、デューク・エリントンというジャズのルーツからM・ベースのスティーヴ・コールマンの曲をも採りあげ、さらにはマイケル・ジャクソンのヒット曲までとノー・ジャンルの選曲で思い切りよく自己の世界を演出している。 ヴィジェイのピアノは何々流という既存のスタイルから抜け出した斬新さがあり、自己のキャラクターを深めて誠実にしっかりと語るところが新鮮で強く惹かれる。

 (1)<ヒューマン・ネイチャー>はマイルスがレパートリーにしていたことで知られているが意表をつく選曲である。そして(2)モンク、(3)ヴァン・ヒューゼン、(4)エリントンと続く流れは息苦しさとか難解さはなく、むしろチャーミングで、口当たりがよい。(2)<エピストロフィー>ではヴィジェイ独自の解釈でモンクを掘り下げ新しい世界を切り開いている。有名なスタンダード(3)<ダーン・ザット・ドリーム>では耳慣れたメロディを精緻に処理し理知的なバラードに仕立て上げ、余裕すら感じさせる。そして (4)<ブラック・アンド・タン・ファンタジー>で、このエリントンの大曲をストライド的な強靭な左手の響きに載せてエリントン〜モンクの伝統を敬うような情景を描き出す。一大絵巻物のように壮大で余裕のある構成はヴィジェイをより身近に感じさせてくれる。(5)〜(9)、(11)はヴィジェイのオリジナル。ヴィジェイは1971年の生まれでニューヨーク育ち。3歳の時から15年間ヴァイオリンを習い、クラシック音楽を勉強していたがピアノは独学でマスター。ヴィジェイの両親はインドからの移民であり、子供の頃からインドの宗教音楽などにもふれていたという。ハイスクール時代にジャズに魅かれたというが、数学と物理学の学位をもち、さらにカリフォルニア大学で物理学の博士課程に進み、このころからジャム・セッションなどにも参加するようになりジャズの道に入ったという。クラシックの素養とインドの血筋、そして数学と物理学への探究心、これらが渾然一体となってヴィジェイのスタイル築き上げていることがこれらのオリジナルにあらわれている。とりわけ(6)<オートスコピー>に明確な主張が顕著で、セシル・テイラーが築き上げた奏法を引き継いだようなダイナミックなプレイに始まり徐々にヴィジェの幻惑的な世界へと発展してゆく。エリントン〜ミンガス〜ローチの『マネー・ジャングル』(United Artist) からの(10)<フルーレット・アフリケイン>でヴィジェイは真正面からエリントンに向き合い正攻法で先達をトリビュートしながら、さらに自らの立脚点をはっきりと指し示し単なるオマージュに終わらせないところなど、これからの飛躍が期待できる。
 ライナーノーツでヴィジェは偉大な作曲家〜ピアニストとしてセロニアス・モンク、アンドリュー・ヒル、デューク・エリントン、ムーハル・リチャード・エイブラム、ランディ・ウエストン、セシル・テイラー、サン・ラをあげている。ヴィジェイはこの7人のピアニストと、自分の新しい可能性に目覚めさせてくれたレオ・スミス、スティーヴ・コールマン、ロスコー・ミッチェルの3人に捧げるというコメントを記しているが、これらのミュージシャンを思い浮かべながら聴くとヴィジェイのバックグラウンドが見えてきて、音が一層弾んで聴こえる。

 ヴィジェイはこれまでスティーヴ・コールマンやラドレッシュ・マハンザッパ、ジョージ・ルイスなど管奏者を交えた編成が多かったが、昨年ACTに移籍以来、ワダダ・レオ・スミスのゴールデン・カルテット以外は、ソロやトリオでの演奏が中心でピアニストとしての活動に力を入れている。
 アルバム『ヴィジェイ・アイヤー/ソロ』はエンジニアで共同プロデュースにあたったクーキー・マレンコが提唱するE・S・E (extended sound environment) と呼ばれる方式で録音したもので、マイクのセッティングに細心の注意を払い、ヴィンテージ・マイクや2”テープ、カスタム・ケーブルを使用、DSDでマスタリングを行ったというが、むやみに音を拡散せず、音楽に集中できる音創りである。
 ヴィジェイのピアノのタッチは左右のバランスがよく、かなり強力で威勢がよいが決してトリッキーなところがなく耳に馴染みが良いサウンドである。最近、ピアノ・ソロのアルバムが多く発表されており、その中には生々しさを追求するあまり、ときに神経質な録音のものもあるが、このアルバムにはとげとげしさとか過敏さは全くない。しかし音の芯はしっかりと捉えており、音に深みがありヴィジェイのひととなり、風格といったものすら醸し出されている。(望月由美)

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