#  735

『ラーシュ・ヤンソン/ホワッツ・ニュー』
text by 悠 雅彦

Spice of Life SOL SV--0013 ¥2, 520 (税込)

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 1.エアヴァー・マン
 2.ザ・マスカレード・イズ・オーバー
 3.ヒルダ・スマイルズ
 4.ホワッツ・ニュー   
 5.ヴェリー・アーリー   
 6.ビギナーズ・ブルース  
   7.エヴリシング・ハプンズ・トゥ・ミー   
 8.ウィロウ・ウィープ・フォー・ミー   
 9.カム・レイン・オア・カム・シャイン  
  10.ラトゥール

ラーシュ・ヤンソン(piano)
トーマス・フォネスベック(bass)
ポール・スヴァンベリー(drums)

2010年4月29&30日,ゲーテブルグ(スウェーデン)録音



『In Search of Lost Time 失われた時を求めて』に次ぐラーシュ・ヤンソンの新しいトリオによる味わい深い新作である。
 実を言えば、競い合うようにヤンソンに続くスウェーデンの代表的ピアニスト、ヤン・ラングレンがコルネットのラッセ・トゥーンクヴィストとデュエットした『エヴリシング・ハプンズ・トゥ・ミー』(10月20日発売)の試聴盤を聴いたら、こちらも実に味わいの濃いデュエットで、どちらを取り上げようかと一瞬迷ったほど。思案したあげく、円熟の境地に差しかかったヤンソンのトリオによる1年ぶりの本新作に焦点を当てることにした。
 ヤンソンのピアノを聴くと、若かったころストックホルムを訪れた5月初めの、冬の名残を残した朝の外気に、陽光の透明な光が差し込んできた瞬間の眩しい爽快感を、ついきのうのことのように思い出す。この人の人間的な温和なまろやかさが、北欧の厳しくも美しい大自然の育んだ文化的独自性とひとつに溶け合ったかのような気品、といったらいいだろうか。それが彼のピアノの響きに横溢し、音楽を際立たせている。指は滑らかによく動くが、決していたずらに饒舌ではない。どの演奏を聴いても声高な物言いをしない彼の奏法は、高度な技法に裏打ちされてはいるものの、押しつけがましさとは無縁の、むしろ口当たりのよささえ感じさせる居心地のいいものだ。わが国における北欧ジャズ・ブームの呼び水となったのがヤンソンのピアノ演奏だったといっても言い過ぎではないし、実際95年の初来日以来いくどか重ねた来演でファンになった人も少なくないだろう。
 この新作だが、注目すべき点が2つある。ひとつは、彼にとって初のスタンダード集であること。彼自身のオリジナル曲(3、6、10)以外は、ビル・エヴァンスの「Very Early」を含めれば私たちに馴染み深いスタンダード曲が並ぶ。凡庸なピアニストによる平凡なスタンダード集と違って、ヤンソンの解釈とプレイぶりにはこれみよがしの嫌みがなく、みずみずしい。脂ぎったところがないせいで淡白な印象を受けるかもしれないが、彼の音楽がアメリカの、とりわけ黒人ピアニストがもつ情動性に立脚していないというに過ぎない。作編曲家としても優れた仕事をしている人ならではの緻密な知性美を賞味するには恰好のスタンダード集であり、そこに感じ取れる彼のヒューマンな温かい眼差しに心地よい安らぎを見出すことができるトリオ演奏といってよい。
 もうひとつは、陣容を一新した新しいメンバーによるトリオの第1作であること。前作までヤンソン・トリオの要としてユニットを支えたドラマー、アンダーシュ・シェルベリに替わってヤンソンの子息だというポール・スヴァンベリーが抜擢され、ベースにはデンマーク出身で昨年のツアーで共演したトーマス・フォネスベックが起用された。スコット・ラファロ系のフォネスベックの奏法が気持よい。スヴァンベリーはヤンソンの生徒だという。数年のうちに魅力的なトリオとなるに違いない。
 幕開けは幾多の優れた演奏がある「ラバー・マン」に始まる。4曲目のタイトル曲やマット・デニスの「エヴリシング・ハプンズ・トゥ・ミー」など日本人好みの曲が並ぶのも魅力なら、何よりどの演奏にも彼一流のハーモニー感覚が発揮された品のいい流麗感も魅力。ビル・エヴァンス作の名高い「ヴェリー・アーリー」も、故人の耽美的な演奏とは異なる淡白なニュアンスが印象的。終曲のオリジナル曲「ラトゥール」とは18世紀フランスの画家モーリス・ラトゥールのことだろうか。ワルツが心地よく弾む。
 追記。昨夜(10月7日)、来日中のヤンソンの演奏を聴いてきた。この新作のトリオにギターのウルフ・ワケニウスが客演した一夜。上機嫌のヤンソンに率いられたトリオはさらに進化したよう。本作以上に溌剌とした演奏が印象的だった。(10月8日記 悠 雅彦)

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