# 736
『海野雅威/アズ・タイム・ゴーズ・バイ』
text by 望月由美
海野雅威 (p)
ハッサンJ.J.シャコー(b/except 1,10)
ジミー・コブ (ds/except 1,10,11)
スペシャル・ゲスト:
フランク・ウエス (fl/on 6、ts/on 10)
1.ラウンド・ミッドナイト〜アイ・ハブ・ドリームド
2.ハウ・ハイ・ザ・ムーン
3.バードパス
4.トラブル・エイント・オールウェイズ・バッド
5. 君をのせて
6. 風邪と共に去りぬ
7. リトル・ガール・ブルー
8. イン・ザ・ブルー・モーメント
9. イフ・アイ・ワー・ア・ベル
10.アズ・タイム・ゴーズ・バイ
11.ドロップ・ミー・オフ・イン・ハーレム
プロデューサー:伊藤”88”八十八
エンジニア:鈴木良博
録音:2010年4月1日
スタジオ:アヴァター・スタジオ、NY
海野雅威のニューヨーク録音の2作目。以前にも増して衒(てら)いとか気負いの全くない海野雅威のセンスの良さが光る。基本はオーセンティックなピアノ・トリオで、(1)はピアノ・ソロ、(6)にフランク・ウェスのフルートを、(10)でフランク・ウェスのテナー・サックスを加え、彩りを添えている。(11)はベースとのデュオという構成で全体のバランスがよくとれた作品である。(3)、(4)、(8) が海野のオリジナル曲である。(1)<ラウンド・ミッドナイト〜アイ・ハブ・ドリームド>は海野のピアノ・ソロ。ゆとりのある落ち着いたムードでこの名曲を肩の力を抜いて爽やかに紡いでいる。オープニングに相応しいソロ・パフォーマンスである。
前作の『マイ・ロマンス』(2007年Village Music VRCL-3047)では、ジョージ・ムラーツ(b)、ジミー・コブ(ds)という編成であったが、本作ではニューヨークでよく一緒に演奏しているプレイメイトのハッサンJ.J.シャコーをベースに、ドラムはジミー・コブという編成。(2)<ハウ・ハイ・ザ・ムーン>ではやや速めのテンポで息の合った3人が快適にスイングする。特に厚めのシンバル・レガートからリム・ショット、そしてステディなソロとジミー・コブのショーケースを展開、コブの健在振りを示している。マイルスの『カインド・オブ・ブルー』から50年、81歳になるコブは近年あちこちから声がかかり引っ張りだこだが、海野とのコンビネーションはばっちりで精悍なスティック捌きでトリオを引き締めている。 (3)<バードパス>は一転してボサノヴァ調のリズムにのりリラックスした寛いだプレイで海野の懐の深さを見せてくれる。ハッサンJ.J.シャコーが着実なソロで存在感を示している。ハッサンはジェラルド・ウイギンスのご子息で、長らくエリントン楽団に在籍しているということだがその堅実なプレイは海野の音楽にぴったりとフィットしている。(4)<トラブル・エイント・オールウェイズ・バッド>も海野のオリジナルだが事前に知らされなければトミー・フラナガンの曲のように聴こえるほど折り目正しく、またスムーズでスインギーである。レコーディングに当たって3人はブースに入らず一室で顔をつきあわせて、ライブのような雰囲気の中で録音を行ったそうであるが、3人のコミュニケーション、一体感は素晴らしい。 (5)<君をのせて>は沢田研二のデビュー曲とのことだが、元唄を知らないものにとってはセンスの良いゴスペルのように聴こえる。転調を重ねながら徐々に曲を盛り上げ、スリー・サウンズのようなファンキーな味わいもみせる。(6)<風と共に去りぬ>ではフランク・ウエスのフルートが加わる。ウエスの華麗なタンギングは今だに健在である。そして多くの名演が残されている(7)<リトル・ガール・ブルー>、この、ピアニストにとって踏み絵のような名曲に海野はミデアムよりちょっとゆっくり目のテンポで臨む。原曲の美しいメロディを活かしながら饒舌に自己の世界を展開する、これは聴き物である。(9)<イフ・アイ・ワー・ア・ベル>ではレッド・ガーランドを連想させるイントロから軽やかにスイング、徐々に自己の世界に入ってゆくあたりに海野の器用さと趣味の良いユーモア精神を感じる。ときおりガーランドで耳慣れたブロック・コードを断片的に用いるなど、洒落た楽しい演奏である。そしてアルバム・タイトルの(10)<アズ・タイム・ゴーズ・バイ>ではデクスター・ゴードンの映画「ラウンド・ミッドナイト」でのシーンを想いおこすような枯れた味わいのフランク・ウエスのテナーが秀逸。そしてラストの(11)<ドロップ・ミー・オフ・イン・ハーレム>ではハッサンJ.J.シャコー( b )とのデュオでエロール・ガーナー似のビハインド・ザ・ビートを駆使してハッピーに締めくくる。
一曲ごとに異なったスタイルを用い、多彩なテクニックを見せながら、端正でクリアなタッチのピアノには穏やかで品のよい香りが漂っている。この滋味ふかい味わいにハンク・ジョーンズのイメージがオーヴァーラップするのは筆者だけではないと思われる。実際、海野はハンクを師と仰ぎハンクが亡くなるまで交流を深めていたようである。ハンクの亡くなった今年の5月16日、海野は夫人と共にハンクを病院に見舞っていて、ハンクは海野を含めて、その場に立ち会っていた4名の人の手を強く握り締めながら旅立ったのだという。レコーデイング時にはハンクの死など思いもよらないことで、自分の今の感覚そしてスタイルで演奏したということだが、作品として出来上がった今、あらためて恩師ハンクを偲びハンクにこのアルバムを捧げる気持ちになったという。
本アルバム『海野雅威/アズ・タイム・ゴーズ・バイ』(HMCJ-1002)にはニューヨークに移り住んで足掛け3年、今まさにニューヨークで呼吸している海野のタイム感覚が全編にわたって収められている。(2010年10月 望月由美)
追悼特集
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#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
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JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
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#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
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第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
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「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
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#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
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オスロに学ぶ
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#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
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