# 739
『アルヴォ・ペルト/タブラ・ラサ』(スペシャル・エディション)
text by 相原 穣
ECM New Series 1275
仕様:CD+BOOK (輸入盤)
1「フラトレス」
ギドン・クレーメル(vn)
キース・ジャレット(pf)
録音:1983年10月 バーゼル
2「ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌」
シュトゥットガルト国立管弦楽団
デニス・ラッセル・デイヴィス(指揮)
録音:1984年1月 シュトゥットガルト
3「フラトレス」
ベルリン・フィルの12人のチェリストたち
録音:1984年2月 ベルリン
「タブラ・ラサ」
4 I Ludus
5 II Silentium
ギドン・クレーメル(vn)
タチアナ・グリンデンコ(vn)
アルフレード・シュニトケ(プリペアド・ピアノ)
リトアニア室内管弦楽団
サウルス・ゾンデキス(指揮)
録音:1977年1月ボン(ライヴ)
1984年、『アルヴォ・ペルト/タブラ・ラサ』は、ECMのNew Series第1弾としてリリースされた。そして、そのことが、その後のペルトとNew Seriesの双方を定義づけることになった。ペルトの西側脱出という偶然とアイヒャーの審美眼という必然によって導かれたこの始まりが、ペルトとECMにとってどれほど象徴的な出来事だったかは、今になって分かることである。旧ソ連下のエストニアで作曲活動を営んでいたペルトは、アイヒャーによって「タブラ・ラサ」の作曲家として“発見”され、1980年に西側に移住したことによって、現代音楽シーンに深い変化をもたらした。
仮に、西側に渡ったのが1975年以前だったとしたら、ペルトの音楽的肖像はだいぶ異なった姿で描かれていたことだろう。周回遅れの前衛として(「死亡者の名簿」、交響曲第1番)、あるいは、前衛の閉塞感から生まれたコンフリクトの1つのバリエーションとして(「クレド」)。これらの作品もペルトの作曲家としてのキャリアの中で重要なのはもちろんだが、当時の広範な音楽的文脈に置けば、ペンデレツキらの陰に容易に埋もれ、その結果、New Seriesとの天啓的な結びつきも生まれなかったかもしれない。しかし、実際は周知の通り、ペルトは1968年の「クレド」以後、交響曲第3番など少数の例外を除いて沈黙を守り、1976年のピアノ小品「アリーナのために」で、美しく静謐な三和音の響きを新たな独自の世界観として提示したのだった。小さな鐘の音にちなんで「ティンティナブリ様式」と称されるそれは、その後の新ロマン主義の潮流と耳の心地よさといった表層では類似したが、“タブラ・ラサ”(白紙)の語に倣って言えば、聴くという行為を近代の音楽経験から解放して原点に戻そうとした点で、本質的に異なっている。進歩主義に疲弊しつつも、調性への安易な回帰にはなおも警戒心の強かった1980年代に、ミニマルな音型と三和音の原初的な響きを基本とし、4小節のゲネラルパウゼで終わるアルバム『タブラ・ラサ』は、New Seriesの創設意義と方向性を明確に示すステートメントそのものとなった。また、ピアニストとしてのキース・ジャレットの参加は、ペルトの音楽とNew Seriesをより広範な視野の中へと後押しした。
『アルヴォ・ペルト/タブラ・ラサ』スペシャル・エディションは、作曲者の75歳を記念して、同アルバムを改めてBOOK+CDという豪華仕立てにしたもの。BOOK自体で200ページ余りある。ヴォルフガング・ザンドナーの解説などのオリジナルのコンテンツの他に、今回新たに加えられたのは、ポール・グリフィスによる3ページの巻頭文、数枚の写真、ECMからリリースされたディスコグラフィと作品リスト、そして今回ユニバーサル・エディションとのコラボレーションで実現したスコアである(音源で言えば、「タブラ・ラサ」のトラックが、新たに楽章単位で二分されている)。一方、1984年以降のペルトの創作活動や作品について補足するような詳細な解説や著名な音楽家からのコメントなどは見当たらない。従って、グリフィスの喚起的な文章を読んだ後は、自然と全体の4分の3ほどを占めるスコアに向かう。
スコアは、未出版の手稿のファクシミリとスタディ・スコアの2種類からなり、前者が「タブラ・ラサ」と「ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌」、後者としては全収録曲が掲載されている。几帳面に書かれた手稿には、鉛筆による追加や修正の跡が見える。パートごとごっそりと切り貼りされている箇所もある。弓のボーイングやスラーのかけ方が手稿とスタディ・スコアで異なっていたり、クレッシェンドがあったり、なかったり。驚くのは、「タブラ・ラサ」のエピローグ部分である。「II Silentium」はコントラバスの空虚な響きの後、前述の通り、4小節のゲネラルパウゼで終わるが、手稿にはその後にも回想のような6小節が付され、×で消されている。そこで改めて件の4小節を見ると、ゲネラルパウゼ部分は全体が切り貼りなのだ。つまり、最初は中心音のDに戻る全く別の終わり方が考えられていたことになる。その場合、曲全体の印象、意味合いにも少なからぬ影響を与えことだろう。しかし、その可能性は鉛筆で消され、今日の形になった。偶然か、必然か。
ここに収録されたペルトの音楽自体は、もちろん当時と変わっていない。しかし、それを聴く自分たちや音楽環境は明らかに変わり、ペルトも時代の中心に属している。このスペシャル・エディションは、75歳のペルトへのオマージュであるが、同時に、1984年に“白紙”の原点から、作曲家、プロデュサー、リスナーの新たな経験の旅が始まったことを改めて認識し直す、ECM New Seriesそのもののモニュメントでもある。(相原 穣 Minoru AIHARA)
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