# 742
『ヤロン・ヘルマン/フォロー・ザ・ホワイト・ラビット』
text by 望月由美
ACT/ビデオアーツミュージック VACG-1013 2,625円(税込)
ヤロン・ヘルマン (p)
クリス・トルディニ (b)
トミー・クレイン (ds)
1. フォロー・ザ・ホワイト・ラビット(Herman、Tordini、Crane)
2. サターン・リターンズ
3. トライロン
4. ハート・シェイプト・ボックス (K.Cobain)
5. エイン・ゲディ(D.Aharoni)
6. ザ・マウンテン・イン・ジー・マイナー
7. カデンツァ
8. エアラインズ
9. アラジンズ・サイケデリック・ランプ
10. 私の赤ちゃん (F.Churchill)
11. ホワイト・ラビット・ロボット (Herman、Tordini、Crane)
12. クラスターフォビック
13. ワンダーランド
14. ノー・サプライゼス (Radiohead)
プロデューサー:ヤロン・ヘルマン、クリストフ・デゲルト
録音:2010年6月10日〜12日
スタジオ:FWLスタジオ、ライプチッヒ
エンジニア:オキ・リントン
ヤロン・ヘルマンのロマンティックな一面が今まで以上に鮮明に表出されていて、心癒される。と同時に三者が一丸となって突き進む展開も溌剌としていて、トリオとしてのコンビネーションも今まで以上にスリリングである。
ヤロン・ヘルマンのACT移籍第一作であり、2008年のエベーヌ弦楽四重奏団との共演作「瞑想(ミューズ)」 (VACM-1391) から実に2年ぶりに発表された新作である。前作までは、マット・ブリュアー(b)とジェラルド・クリーヴァー(ds)との鉄壁のコンビネーションでフレキシブルなインタープレイを見せてくれていたが、今回はメンバーを一新して、よりヤロンの個性、色合いを際立たせている。この新生ヤロン・ヘルマン・トリオはヤロン・ヘルマン(p)が28歳、トミー・クレイン(ds)が27歳、クリス・トルディニ(b)が25歳という全員20代の若い新世代トリオである。しかしこのトリオは単にフレッシュさを売りにしているわけではなく、ヤロンの音楽性、リーダーシップの下で見事な結束力を示しており、その結果、統一感のあるアルバムになっている。
オープニングはアルバム・タイトルの(1)<フォロー・ザ・ホワイト・ラビット>。アルバムの前奏曲のようなファンタスティックな曲で、これから始まるトリオ・ミュージックへどうぞ、と誘っているような視界の開けた演奏である。この曲と(11)<ホワイト・ラビット・ロボット>はスタジオで3人が即興的に創り上げた曲ということだが、3人が今ユニットとしての纏まり、しっくり感がよく出た演奏である。去年の秋、すみだトリフォニー・ホールのときのトリオはメンバーが違っていたので、今年に入って編成されたトリオということになるが、この一体感はヤロンの音楽的な冒険心を満たすのに充分なメンバーと云うことが出来る。因みにアルバム・タイトルのフォロー・ザ・ホワイト・ラビットはルイス・キャロルの不思議な国のアリスに因んで名づけられたというが、ヤロンのホームページを見るとその裏にはヤロンズ・ワンダーランドの意味が込められているのだそうだ。正に全編がヤロンの不思議な国を探索しているようなワクワク感に満ち溢れており童話の世界に入り込んだような未知の世界が広がる。
これまで、ヤロンはアルバムには自作曲の他、<サマー・タイム>などのスタンダードや<コン・アルマ>などのジャズの古典、スティングの<フラジャイル>、イスラエルの民謡など様々なジャンルの音楽に興味の対象を広げ、独自の解釈でヤロン・ミュージックに仕上げてきたが、本アルバムでも何曲か取り入れている。例えば(4)<ハート・シェイプト・ボックス>はニルヴァーナの故カート・コバーンの曲であり、(5)<エイン・ゲディ>はイスラエルの歌曲、(10)<私の赤ちゃん>はデイズニー映画の主題曲。そして(14)<ノー・サプライゼス>はイギリスのロック・グループ、レディオヘッドのカバー曲である。これらの曲はヤロンにとっては極く自然に慣れ親しんだ曲でそれを単なるカバーではなく自作曲の流れの中で物語が発展して行くような扱いのアレンジを施し、全編14曲が一つのストーリーのように創られている。ヤロンのアルバムにはどのアルバムにも底流に一つの物語が潜ませてあるので、それを想像しながら聴くとより一層楽しみが増える。(3)<トライロン>、(6)<ザ・マウンテン・イン・ジー・マイナー>、(8)<エアラインズ>などヤロン自身のオリジナル曲では新しいメンバーのクリス・トルディニ(b)とトミー・クレイン(ds)を予めイメージしてアレンジしたと思われるリズミックなパターンを強調した展開を示しており、このトリオを生で聴いてみたくなるようなダイナミックな演奏である。
ヤロンは昨年のすみだトリフォニーでの春のピアノ・ソロ・コンサート、秋のトリオ・コンサートに続いて今年も9月22日、東京・内幸町ホールでピアノ・ソロ・コンサートを行っている。内幸町ホールでは、従来のレパートリーを交えながらも一段と飛躍したピアノ・プレイを聴かせてくれ、ヤロンは又一回り大きく成長しようとしているような自信に満ち溢れた姿が印象的であった。
ACTはこれまでにもヨアヒム・キューンやダニーロ・レア、故エスビョルン・スヴェンソンなどピアノ・アルバムをリリースしてきたが、まだ28歳でイスラエル出身パリを中心に活躍するヤロン・ヘルマンと、39歳インドの血筋を引きアメリカで活躍しているヴィジェイ・アイヤーと、ワールド・ワイドに新世代のピアニストの作品にも力を入れ表現の場を広げてきている。ヤロン・ヘルマンとヴィジェイ・アイヤーの二人はここ当分目を離せそうにない。(望月由美)
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
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#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
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JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
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#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
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#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
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