# 743
『八木美知依&エリオット・シャープ/リフレクションズ』
text by 伏谷佳代/Kayo Fushiya
BOMBA RECORDS ID-04 456216230698-8 2,500円(税込)
八木美知依 (21弦筝&17弦エレクトリック・ベース筝)
エリオット・シャープ (Koll製8弦エレクトロ・アコースティック・ギター・ベース)
1. Darkly Dreaming
2. Tempest
3. Refractions
4. The Candy Factory
5. Journey
6. Shortwave
7. Folklore
8. The Jumblies
9. Dreaming Darkly
解説: :北里義之
プロデューサーズ・ノート: マーク・ラパポート
録音・2005年12月15日 サウンド・ポット・スタジオ東京
エンジニア:佐々木正樹
マスタリング:魯 水晶(ノ・スジョン)
プロデューサー:マーク・ラパポート
このレヴューが載るころには、エリオット・シャープは5年ぶりの来日を果たしていることだろう。2005年に来日した折りに録音され、「次回のシャープの来日を待って」の機会が窺われていた一枚。先月にマスタリングされ、この度発売の運びとなった。
“Reflection”(反映)とは”Refraction”(屈折)である。お互いを照らし出す「反映」によって映し出されるものには、結果すべてにディストーションがかかっており、「そのまま」が映ることはない実情。芸術による交流につきものの運命である。この「映し出される『そのままの姿』とは何か?」を、永遠に続くかのようなあくなき探究心と貪欲さで追求しつづけているのが、八木美知依とエリオット・シャープであるといえるだろう。ここでいう『そのままの姿』とは言うまでもなく彼らが扱う楽器であるのだが。既存のモノとしての楽器ではなく、自身が「こうあって欲しい」と希って(ねがって)止まない楽器の理想形。八木とシャープというふたりのヴィルチュオーゾにとって、各々の楽器が持つ限界も、その多角的なアプローチで達することのできるサウンド構想の大まかな輪郭も、すでにある程度は見えているに違いない。楽器自体の「潜在力」開発という次元はとうの昔に通り越し、楽器が瞬間や偶然と結託することによって生まれ得る、ある意味人智を超えた「神性」領域での出来事をサンプリングする、その果てしなき実況のワンカットがこのアルバムである。改造楽器である、という視覚上の「目新しい」側面は、音自体からはあまりクローズ・アップされることはない。そこには強烈に八木とシャープが憑依した「きわめて純度の高い音」という事実が在るのみである。楽器が持つ根源性にふたりの個性が還元されるのではなく、掘り下げられ、瞬間が持つコンテクストに翻弄された音たちのほうが、ふたりの個のなかへ収斂(しゅうれん)している、と受け取りたい。
19分にもわたる一大絵巻の5. Journeyでは、8弦ギターと筝の音色の、そのあまりの近さに驚く。音質の近似値ほど、奏者同士の個性の親和力の高さを如実に現すものはないが、どちらがどちらともいえぬままリズミックに振動して縺れ(もつれ)の波が沸き起こるなか、それぞれの個性の差異がスライドされてゆく感覚に幻惑される。紛れもない「一度きり」の体験。前半のヤマである2. Tempest。
八木美知依の顕著な魅力のひとつである、螺鈿(らでん)のように華やかなりしフィンガー・ピッキングや、感覚の際(きわ)を縫う、玉虫色に発色するグリッサンドの泡立ちはもはや言うまでもないが、複雑怪奇で幾次元にも枝分かれする「ポリフォニーの森」を構成するところの、シャープの絡み方がまことにナチュラル。多元にわたる音出しだが、それぞれの音空間の通気性と浸透の良さは抜群だ。現代と古代も絶妙にシャッフルされる。「デュオ」という形態が金縛りにかけるところの、「対峙」や「二元化」から見事に逃れている。かといって「調和」でもない。やはり「親和」としか称し得ない現象なのだ。
こうした派手なピースはさておいて、個人的には3分50秒ときわめて短い3.
Refractiosに注目した。冒頭で述べたとおり、ディストーションや屈折を意味する”refraction”。単音やシンプルなフレーズによる応酬、という素朴な構成をとっているが、「互いに互いがどう映るか」の探り合いのようで楽しい。果たして「自分が思うようには相手に映っていない」点において、まさに”Refraction”であると思うからだ。妥協ならぬ駆け引きの合意点。この静かな一幕が伏線となっているからこそ、怒涛のように流れこんで始まる次の4. The Candy Factoryがさらにヴィヴィッドさを増す。「ウラが取れている」ことを前提とした、しばしの安定した音の乱舞(しかしこれも束の間・・)。
「楽器はインターフェイスに過ぎぬ」を例証し続ける、八木美知依とエリオット・シャープ自身の「個」が横溢(おういつ)した、フリーな全9曲。音楽を聴き遂げるのは労力がいることなのだ、と実感するほどに片時も聴き手を弛緩させない内容。「ラディカル」の意味を反芻せずにはおれない。しかし、聴いた後には充実した疲労が約束されている。 (伏谷佳代/Kayo Fushiya)
追悼特集
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#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
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#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
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#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
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