# 744
『マグナス・ヨルト/プラスティック・ムーン』
text by 悠 雅彦
かつて私が執筆活動の傍らプロデュース(ホワイノット・レコード)を手がけていた時分、わが国のジャズ界でヨーロッパのジャズ・アーティストをプロデュースしようという機運はよほどの例外を除いてほとんどなかった。ヨーロッパの演奏家は知的でうまいが、あまり面白くない。これが私の耳に聞こえてきたヨーロッパ・ジャズに対するファンの率直な声だった。面白くないとは、言い換えればジャズならではのスリルに乏しいという意味だったろう。ヨーロッパのジャズ界で当時ニュースになるのはケニー・ドリュー、デクスター・ゴードン、マル・ウォルドロンら、60年代に本国での活動に見切りをつけて渡欧した米ジャズ界の人気プレイヤーの活躍だった。それが、今や一変した。あたかもジャズ王国を誇った米ジャズの凋落傾向を待っていたかのように始まったユーロ・ジャズの、とりわけこの10年ほどの飛躍的な躍進は目をみはらせる。わが国では今日、イタリアのジャズが大きな注目を集め、北欧のジャズへの関心がすこぶる高い。スウェーデンのレーベルを専門に紹介するスパイス・オヴ・ライフのような会社まで誕生した。今や、ヨーロッパの連中はうまいけど面白くないなどという人はいない。
そんな折り、時を同じくして2枚のピアノ・トリオ作品が届いた。これがまたいずれもスウェーデンの演奏家によるものだった。演奏じたいはむしろ対照的でさえある。1枚は日本でのデビュー作というストックホルム・ジャズ・トリオによる『ジャムバングル』(Spice of Life)。バド・パウエルの「ウン・ポコ・ロコ」やモンクの「リフレクションズ」などあたかもモダン・ジャズ史上不滅の特選名曲を集めて演奏したかのような1作。強烈な個性味は乏しいが、ピアノのヨーランド・ストランドベリーを中心に往年の黄金時代の在りし日がけれんみなくスウィングする演奏に甦るよう。
一方本作は、昨年と今年の2回にわたって来日演奏を披露したマグナス・ヨルトのピアノを中心に、ベースのペーター・エルド、ドラムスの池長一美で構成したトリオによる、何でも第2作だという。ヨルトもエルドもスウェーデン出身らしいが、活動拠点をデンマークのコペンハーゲンにおいているそうで、本吹込も米山葉子のプロデュースによってコペンハーゲンで行われた。
20代半ば過ぎというマグナス・ヨルトの演奏は実年齢より落ち着いて聴こえる。彼の演奏は大向こうを唸らせるタイプのものではなく、かといって妙に殻に閉じこもるようなくぐもった演奏をするタイプでもない。しかし、北欧の雪景色をしのばせるクールなトーン、クリーンなタッチから紡ぎ出される世界は、不必要な遊びも無駄な音も排した奏法と表現とによって独特の抒情性を浮かび上がらせる。だからといって、禁欲的な演奏に終始しているわけではない。正直に打ち明ければ、彼の来日演奏も第1作にも触れていない私には、実はオープニングの「プレイ・ザ・ゲーム」でのアドリブ展開がやや平凡に聴こえたせいで、彼の淡白な色使いの表現の魅力を見出す前にうっかり通り過ぎてしまうところだった。何曲か聴き進むうちに良さが分かってくることだってあるが、ヨルトのピアノがまさにそうだった。
収録された9曲のうち、池長一美のタイトル曲、ベイシー楽団十八番の(4)、クリス・コナーのクール歌唱で知られるスタンダード曲(8)以外の6曲はすべてヨルトのオリジナル。その(4)「シャイニー・ストッキング」にしても5拍子で料理したり、(8)の「アイ・リメンバー・ユー」も7拍子で演奏するなど、リズムに対するヨルトの感覚はクールに研ぎ澄まされている一方、変拍子を楽しんでプレイしているのがいい。そこに広がる淡い色調はたとえばターナーの水彩画のように、ひそやかな詩情をそっと匂わせる。この端正な静けさと冬の日の湖に差し込む陽光の匂うがごときたたずまいは、ちょうどオーネット・コールマンが65年にストックホルムで演奏した「夜明け」や「スノーフレイクス・アンド・サンシャイン」の情景を思い出させる。ヨルトのピアノ演奏には歴史的なジャズ・ピアノ系譜への眼差しと、それを起点に自己の音楽世界を展開しようとする意欲が感じられて、聴き終えて好感を持った。期待していいピアニストの新鋭といっていいと思う。ベースのペーター・ヨルドも地味だが筋のいい優れた楽器の使い手であり、池永の曲調を活かした繊細で歌のようにスムースに流れるドラミングもヨルトを親密に守り立てる。
苦言をひとつ。ヨルト自身を含む3者のノーツを掲載した解説用紙。こんな読みにくいノーツには初めて。次回は再考していただきたい。(2010年11月4日 悠 雅彦)
* 関連リンク(録音評):
http://www.jazztokyo.com/column/oikawa/column_114.html
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#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
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JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
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#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
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「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
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#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
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Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
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