# 746
『ダイアナ・パントン/ムーンライト・セレナーデ〜月と星のうた』
text by 稲岡邦弥
fab./Muzak MZCF-1229 ¥2,520(税込)
ダイアナ・パントン (vo)
ドン・トンプソン (p, b)
レグ・シュワガー (g)
1.ディスティネイション・ムーン
2.アイム・オールド・ファッションド
3.イッツ・ライク・リーチング・フォー・ザ・ムーン
4.イフ・ザ・ムーン・ターンズ・グリーン
5.リーチング・フォー・ザ・ムーン
6.クワイエット・ナイツ・オブ・クワイエット・スターズ
7.ムーンライト・セレナーデ
8.ムーンライト・セイヴィング・タイム
9.リトル・ガール、リトル・ボーイ、リトル・ムーン
10.ムーン・アンド・サンド
11.アイヴ・トールド・エヴリ・リトル・スターズ
12.ア・ハンドフル・オブ・スターズ
13.オー・ユー・クレイジー・ムーン
14.ソー・メニー・スターズ
15.フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン
16.ムーン・リヴァー
録音:2007年
昭和の大ヒット曲のひとつに菅原都々子(すがわらつづこ)が歌う<月がとっても青いから>がある。“月がとっても青いから 遠回りして帰ろう”という歌詞で始まるのだが、このアルバムの原題『If the moon turns green』を見て思い出した。<If the moon turns green>は、ビリー・ホリデイの持ち歌だが、菅原都々子の曲との共通項はふたつある。ひとつはもちろん「月」だが、もうひとつは両者の声質。菅原の声はハスキーでありながらハイ・ピッチな側面を持ち、ビリー・ホリデイの声質に似ているといえないだろうか。ビリーは1915年生まれで、都々子は1927年。一回り違いの、ともに卯(うさぎ)年。突然出てきたビリー・ホリデイ=菅原都々子近似説...。都々子の<月がとっても青いから>は、愛するふたりの幸せを歌ったロマンチックな内容だが、ビリーの<月が青くなったら>は、実現の難しい恋を焦がれる歌である。
さて、本作だが、サブタイトルにあるように「月と星のうた」である。月にタイトルを持つ歌が11曲、星が4曲。#2の<I’m old fashioned>(時代おくれの私)はちとややこしい。タイトルに月も星も出て来ないのだが、歌詞に月と星が出て来る。「I love the moonlight」と「The starry song that April sings」。
さらに、月と星の歌をコレクションするなんて「古いタイプの女ね、私って」とやや自嘲気味ながらウインクしてみせるダイアナ・パントンの茶目っ気も読み取れる気がする。
ダイアナ・パントン、カナダ(オンタリオ州ハミルトン生まれ)が生んだ新しいヴォーカル・タレント。2005年、『...yesterday perhaps』でデビュー。2年に1作ずつのペースでアルバムを制作し、本作は2007年にリリースされた2作目。カナダを中心に大きな評価を受けた。一聴、ソフトなヴォイスで耳あたりが良く、雰囲気にのって聞き流してしまいそうだが(もちろん、そういう聴き方もある)、内容はしっかりしており充実している。ヴァースのある曲はすべてヴァースからしっかり歌い込む。年齢的には三十路の半ばだと思われるが、恋の歌や愛の歌を自らの人生経験を通じて咀嚼し、情感を込めて歌うが決して過剰にはならない。むしろ情感が自然と滲みでるようなクールな歌いぶりと言った方が的確かも知れない。彼女の成功の要因のひとつにドン・トンプソン(1940~)とのコラボレーションがあげられるだろう。ドンは文字通りカナダ・ジャズ・シーンの“ドン”的存在で、ジム・ホールとの共演で知られる趣味の良いマルチ・インストゥルメンタリストである(本作ではピアノとベースを弾き分ける)。<コルコヴァード>で知られる#6はフランス語で歌われているが、これがまたぴたりとはまっている。オンタリオ州は英語とフランス語がほとんど共通して使われており、彼女はパリ大学でフランス文学を専攻、この留学がデビューを遅らせたようだがその経験は決して無駄にはなっていない。彼女のキャリアと音楽性からアメリカのステイシー・ケントを思い出した。ステイシーは、ロンドンに留学、英文学を学んでいる間にジャズ・ヴォーカルに目覚めてプロに転向した。地味だがソフィスティケートされた唄法に特徴がある。
「星と月」といえば、むかし好きでよく読んだ吉行淳之介の作品に『星と月は天の穴』があるが、こちらはロマンチックな対象である星と月は天の穴に過ぎない、とシニカルな視点を持つ。何れにしても、星や月は昔から文学者や音楽家のイマジネーションを刺激する存在ではある。(稲岡邦弥)
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
:
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
:
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
:
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄
Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.