# 751
『クリス・ミン・ドーキー/夢風景』
text by 今村健一
Red Dot/ビデオアーツミュージック VACM-1422 2,625円(税込)
Chris Minh Doky (Acoustic Bass)
Larry Goldings (Piano)
Peter Erskine (Drums)
Vince Mendoza(Conduct)
The Metropole Orkest
1. The Cost of Living (Don Grolnick)
2. Arthos II (Chris Minh Doky)
3. Fred Hviler Over Land og By (Ingemann, La Cour)
4. Rain (Chris Minh Doky)
5. All Is Peace (Traditional)
6. Vienna Would (Vince Mendoza)
7. I Skovens Dybe Stille Ro (Traditional)
8. Julio And Romiet (Vince Mendoza)
9. Dear Mom (Chris Minh Doky)
10. Romanza (Vince Mendoza)
Produced by Chris Minh Doky
Recorded on May 29 & 30,2009 by Rich Been at Treshold Sound + Vision (Santa Monica,CA)
Recorded on 1 & 2 July,2009 by Paul Larddenoije at Mco Studio 3 (Hilversum,NL)
興味深かったのは、クリス・ミン・ドーキーの前作『ザ・ノマド・ダイアリーズ』(07年)の制作スタイルだ。日本では殆ど無視されたが(というか基本的にこの人のアルバムは知名度に反し世界からスルーされがちだが)、2年間にわたって各地を飛び回りながら録りためたトラックを組み合わせ完成させたアルバムがブルーノートから出るのも面白かったし、アコースティック・ベースをエレクトロニカやアンビエントと組み合わせた音楽のプレゼンテーションを所謂“クラブ・ジャズ”とは全く別の文脈でやろうとする志が音に反映されているところも良かった。確かに曲によりバラつきはあったものの、坂本龍一とマイケル・ブレッカーが全面バックアップしたその電子ジャズは、従来のジャズの録音フォーマットと全く別のところから生まれてきた感覚が何よりチャーミングだったのだ。
“ポップ・ミュージックの制作手法を取り入れた”と言えなくもない。が、思えばクリード・テイラーも、トミー・リピューマも、アリフ・マーディンも、ジョン・サイモンも、同時代の音楽の潮流をジャズに柔軟に注ぎ込みつつ作家性も譲らなかったからこそ“名プロデューサー”として記憶に残っている訳で、そういうジャズをアコースティック・バップの伝統芸に押し込めない視点こそが21世紀のジャズ・アーティストにとって必要不可欠な資質の一つだと個人的には思っている。例えばブラッド・メルドーも、普通にジャズを演奏する時は単純にとても上手いピアニストだが、彼がプロデューサーのジョン・ブライオンと組んだ時には同時代の“アーティスト”として目が離せなくなる。インディ・ロックのサウンド・メイキングを取り入れた『ラルゴ』(02年)然り、フル・オーケストラと組んだ『ハイウェイ・ライダー』(10年)然り。
少し話が広がってしまったけれど、ドーキー本人が肝いりの新レーベル<レッド・ドット>からリリースされる『ザ・ノマド…』に次ぐ彼の新作は、ブライオンと相似形を描くようにフル・オーケストラを従えたアルバムだ。ジャケットのクレジットこそラリー・ゴールディングスとピーター・アースキンの方が大きくあしらわれているが、内容を聴くとドーキーとヴィンス・メンドーサ(アレンジ/指揮)の等価コラボレーションにより出来たアルバムであることが分かる。
過去にもロン・カーター『ピック・エム』(80年)やジョン・パティトゥッチ『ハート・オブ・ザ・ベース』(98年)などベースとオーケストラの共演盤は色々あった。しかしながら本作は演奏だけではなくプロデュースまでドーキーが手掛けている点や、本人による曲解説を読む限りメンドーサと事前のアレンジを相当入念に作りこんでいる点において、一枚の作品としての完成度が非常に高い。
基本的にバラードを中心に構成されており、マイケル・ブレッカーを哀悼した「ザ・コスト・オブ・リヴィング」を始め、アルバム全体がリリカルかつメランコリックな色に染め上げられている。但し、細部まで繊細に構築されたメンドーサのオーケストレーションを縫ってあたかもスパニッシュ・ギターでも弾いているかの如く駆け抜けていくドーキーの歯切れの良いベースの対比が、作品に風通しの良さを与えている。注目すべきは3.「町や村に平和が訪れ」7.「深く静かな森の中で」という2曲のオランダ民謡と5.「オール・イズ・ピース」というベトナム民謡だ。若くから多方面で活躍してきたドーキーだが、自身のレーベル設立を機に、オランダとベトナム両方の血を引く自らのルーツにシリアスに向き合い選曲したであろうことが、仕上がりの素晴らしさから伝わってくる。
何より、単純なセッションものではなく、アレンジや録音まで含め美しいメロディの詰まった総合インストゥルメンタル作品として完成させようというドーキーという表現者/プロデューサーの意志が感じられるアルバムだ。企画性と演奏スキルと作家性とのバランスが取れているだけでも、現代ジャズとして稀有な存在であるように思う。たまに彼のことを「上手すぎて信用できないタイプ」という人に出会うが、僕にとってドーキーは今最も信頼できるジャズ・アーティストの一人だ。(今村健一)
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
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#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
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#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
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#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
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#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
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#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
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