# 756
『小橋敦子+井上陽介/ターナラウンド -Tokyo Live-』
text by 稲岡邦弥
What’s New/バウンディ WNCJ-2215 2,800円(税込)
小橋敦子(p)
井上陽介(b)
1. ターナラウンド(Ornette Coleman)
2. リトル・Bズ・ポエム (Bobby Hutcherson)
3. フットプリンツ (Wayne Shorter)
4. アイ・ウィッシュ・アイ・ニュー (Gordon-Warren)
5. A.F.L. (Atzko Kohashi)
6. イフ・アイ・ワー・ア・ベル (Frank Loesser)
7. ソウル・アイズ (Mal Waldron)
8. アムステル・ディライト (Atzko Kohash)
9. クライ・ミー・ア・リヴァー (Arthur Hamilton)
10. ボディ・アンド・ソウル (John Green)
Recorded live at Body & Soul, Tokyo, November 17, 2009
Recording Engineer:徳永陽一(Team Active)
Produced by Atzko Kohashi
小橋敦子のピアノを聴くのは初めてだ。いきなりブルース、しかもオーネット・コールマンの。大胆で思い切った選曲である。しかし、小橋は情動をあからさまに表出することなく、内に秘め、時にモンクを彷彿させるような訥々とした語り口さえみせつつ通り過ぎていく。むしろ、ベースの井上が気を入れて熱く語りかけてくる。この関係は最後まで続く。これが小橋の本来の姿かどうか、雄弁な井上を相手にバランスを考えた上での表現かどうか分からない。自ら手がけたライナーで小橋は、リハーサルで数小節ほど音合わせをして「井上さんのベースからニューヨーク訛りが聞こえる!」と感じたと記している。井上は90年代のほとんどと00年代の前半の13年間をNYで過ごしている。あのニューヨーカーの足の速さと強い自己主張を小橋は「ニューヨーク訛り」と表現しているのだろうか。小橋も90年代の後半から00年にかけて7年間をNYで過ごしている。しかし、小橋は喧噪と刺激と可能性に富んだ街NYで、「人生の機微」を語るピアニスト、スティーヴ・キューンに師事した。慶応ではビッグバンドのピアニストを務めていた。このあたりのキャリアが小橋の音楽のバッググラウンドを形成しているのではないだろうか。さらに、2005年から居を定めるアムステルダムについては、「どこまでも続く大空、田園風景、街中に張り巡らされた運河、羽をいっぱいに広げて空を飛び交う鳥たち、そういった自然環境が私たちにリラックスした時間と自由な空間を感じさせてくれる」とも。
良く知られたウェイン・ショーターの<フットプリンツ>では、かすかにワルツを感じさせつつ甘酸っぱい感傷を帯びたロマンチックな世界を描き出す。このあたりでリスナーはすっかり小橋の世界にはまっているはずである。やや控えめと感じていた小橋の語り口が雄弁な井上のベースと絶妙なバランスをかたち造っていることに気付く。どの曲も小橋節ともいえる語り口でむしろ淡々と弾き継がれていくが、音として表出されるものは少なくともその1音が弾き出されてくる世界は深く大きい。彼女の人生体験そのものと言っても良いかもしれない。井上はいまや日本を代表するジャズ・ベーシストのひとりとしての地位を獲得している。自分が語りたい内容、語るべき内容を思う存分表現することのできる音楽性と技術を備えている。<アムステル・ディライト>という小橋のオリジナルで聴かせる井上の華麗なソロに耳を奪われるファンもいることだろう。ここでも小橋は一歩退いて井上にスポットライトを浴びさせている。僕はといえば、好きなビール「アムステル」を焦がれながらふたりの会話にひたすら耳を傾けている。
それにしてもこの素晴らしい演奏が初顔合わせのふたりにより、1夜のクラブ・ギグで即興的になされた事実に驚きを禁じ得ない。<ボディ・アンド・ソウル>を聴き終え、また<ターナラウンド>を聴き始めている自分がいる。手にはいつの間にかワインのグラスが。
さり気なく届けられたジャズの神髄をジャズ・ファン以外にも広く楽しんでもらいたい。内容を的確に伝えるシックなアートワークも素晴らしい。(稲岡邦弥)
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
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#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
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第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
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#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
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#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
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#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
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#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
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