# 761
『野瀬栄進+武石聡/The Gate〜Live at Bechstein, New York』
text by 悠 雅彦
acnose acmusic 004 2,500円(税込)
1. Burning Blue
2. When a Dinosaur' s Pissed Off
3. The Gate
4. Feeling of Gospel
5. Mangekyo
6. Whatever
All compositions by Eishin Nose
野瀬栄進 (p)
武石 聡 (perc)
Recorded by Satoshi Takeishi at Bechstein, NYC, September 10, 2010
Mixed by Katsuhiko Naitoh at Avatar Studio, NYC, October 5, 2010
ニューヨークで活動を続けるピアニスト、野瀬栄進の新作は、同じく同地で活動するドラマーの武石聡とのデュエット。以前この欄で紹介したソロ作品『Burning Blue』でも、野瀬栄進というピアニストの鋼(はがね)のスピリットの反映ともいうべき硬質なサウンドと、やわな折衷に反旗を翻してやまぬような潔い前進力を際立たせていたが、異色のデュエットといってもよいこの新作ではソロ以上に解放感のある勢いと伸びやかさがいっそう印象的な演奏が展開されている。
彼の音楽は決して取っつきやすくはない。そのかわりじっくり聴き込めば、思いもよらなかったスリルが体感でき、それとともに手応え充分な彼の芯の強いピアノ奏法の魅力と新たに出会うことができる。野瀬栄進という個性とその音楽にまつわる謎を解く鍵がこの1作にあるのではないかと、実は確信的な思いを強くした。共演した武石聡が野瀬栄進のこの音楽性の核心を突く数行をノーツの中に書いている。彼にいわせれば、コンポジションとはそれを作曲した音楽家が飼っている小鳥のようなもので、手をかけて大事に育てあげる。けれどその小鳥を一度籠から出して外へ放してやると、本当の自由の美しさが見えてくる。演奏という行為は、だから作品を籠から出してやることで、その結果新しい命の入った音が生まれる。この日のライヴに現れた自由の美しさがまさにそれだ、と。
このライヴはニューヨークのベヒシュタインの、演奏後の拍手から類推すれば恐らくさほど広くはないショールームで行われたものだろう。ベヒシュタインといえばベルリンが誇るピアノ・メーカーで、スタインウェイ、ベーゼンドルファーと並ぶモデルは過去の名ピアニストたちの歴史的演奏を生んできた。かのフランツ・リストが言葉を尽くして絶賛した逸話は有名だが、先のノーツで武石が「めちゃ高〜いピアノ(2000万円)の置いてあるピアノ屋さん」と形容したモデルが、恐らくかつて夭折の名手ディヌ・リパッティらが演奏したものと同一器(コンサートEX)ではないか。
CDの帯には<S&R Washington Award>受賞記念アルバムとある。検索してみたら、日本の科学者たち2人が2000年に設立した賞で、日本と米国の架け橋になる若い芸術家を対象にしている(SとRは2名のイニシャル)とある。過去には庄司紗矢香、小菅優、森麻季らが受賞しているということだが、ジャズ・ミュージシャンは初めてとか。米国に1年以上滞在していることなどの関門をクリアしての受賞だから野瀬にとっても誇らしいだろう。
収録曲は全7曲で、すべて野瀬自身のオリジナル。野瀬のピアノ奏法の大きな特徴である左手の強力な音群と、左手の運動に触発されながらイマジネイティヴに飛翔する右手の自由な舞が、形を変えながら全編にわたって展開されている。(2)などがその好例と聴いたが、個人的に大好きなランディー・ウェストンや故ジャッキー・バイアードを彷彿させ、時としてモンクをすら想起させる。表題通りゴスペルの闊達な躍動感を爆発させる(4)でも左手のリズムが右手のラインをプッシュし、鋭角化させていく展開がスリリングだし、左手の不規則な打音に刺激されたかのように右手が自由闊達に舞う(6)もすこぶる面白い。アドリブの行方がほんの少し聴いたぐらいでは予測不可能というところが面白いのであり、彼の硬質なピアノ・サウンドや音楽性がそれに拍車をかける。これらを総合的にとらえて硬派と言うなら、野瀬栄進は確かに硬派の音楽家といってもいいだろう。
最後になったが、武石聡のパーカッションが素晴らしい。恐らく通常のドラムスではないと思うが、それだけに予想外のパーカッシヴ・サウンドと新鮮なデュエット模様がスリリングだし、やっぱり面白いデュオ演奏だ。(2011年1月記 悠 雅彦)
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