#  767

『ハンナ・エルムクエスト/ドリーム・ア・リトル・ドリーム・オヴ・ミー』
text by 悠 雅彦


Stockholm Jazz Records /スパイス・オヴ・ライフ  SOL SV - 0016 2,520円
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1.ドリーム・ア・リトル・ドリーム・オブ・ミー
2.スター・アイズ
3.ドゥ・ナッシン・ティル・ユー・ヒア・フロム・ミー
4.ノー・モア・ブルース
5.ファシネイティング・リズム
6.ラヴ・フォー・セール
7.デヴィル・メイ・ケア
8.インヴィテーション
9.ウィスパー・ノット
10.サマータイム

ハンナ・エルムクエスト(vo)
ビヨルン・ヤンソン (ts)
ジョナサン・フリッツェン (pほか)

 先頃 ELSA Records から発売された『Spring』を含めて、これまで3枚のCD作品を吹き込んでいるスウェーデンのジャズ歌手ハンナ・エルムクエスト(Hanna Elmquist)の、いわば形を少し変えたベスト盤である。いいところも余り感心しないところもすべて評価の対象にすべきと考えている私自身には、ベスト盤には大した関心がない。むろんこの<Five by Five>のような新譜の推薦作を紹介するコーナーで取りあげたことなどはない。だが、過去に発売されたエルムクエストのアルバムは輸入盤(海外盤)扱いとしてであり、海外盤を求めにくい地域にお住まいのヴォーカル・ファンにエルムクエストという女性歌手の魅力にアプローチしてもらうには、このベスト盤の発売はむしろありがたいといっていいのではないだろうか。おまけに、エルムクエストは同国屈指の音楽大学(王立音大)の出身者で音楽理論や作曲を学んで世に出たとみえ、作曲にたけている。とりわけ、海外盤で一部の愛好家の間で話題になっている第3作の先掲『Spring』は、コンビを組むテナー奏者ビヨーン・ヤンソンとエルムクエストのオリジナル曲だけで構成している点で、初めてジャズ歌手としての彼女の魅力やスタイルに触れるにはいささか不向きな面がなきにしもあらず。ところが、この国内盤は日本で未発売だった彼女のデビュー作『Old Love New Love』(2007年発売)と、輸入盤扱いで発売された第2作『Ferry Yard Road』(2009年発売)からスタンダード曲だけを10曲選んで構成した特別なベスト盤となっているのである。これならジャズ・シンガー、ハンナ・エルムクエストのお手並みを拝聴してみたいというヴォーカル愛好家にもよろこんで薦められる。
 その昔、ケイト・スミスが歌ってポピュラーになった「ドリーム・ア・ドリーム・オヴ・ミー」で蓋を開ける。最初はあまりピンと来なかったが、繰り返し聴いてみると発声が自然で、声に嫌みがなく、歌唱そのものに癖がない。スウェーデンといえば、ビル・エヴァンスとのアルバムでも有名なモニカ・ゼタールンド。彼女のフレージングが醸しだす雰囲気には全盛期のモニカをしのばせるニュアンスがあり、この北欧的な清潔感をたたえたリリシズムがこうしたゆったりしたテンポの歌唱だと静かに浮揚してくる。
 しかし、意外にエルムクエストというシンガーは4曲目の「ノー・モア・ブルース」から9曲目の「ウィスパー・ノット」にいたる、ミディアムからアップテンポのリズミックな曲で力量を遺憾なく発揮する。ボサノヴァ曲を全編、意表を突いた速いフォー・ビートで歌った(4)でも、巧みにリズムを乗りこなすノリの良さといい、テナーやピアノのソロの後の再現コーラスでのより活きいきしたフレージングや自由な節回し、あるいは鞭をしならせるかのごとき弾力性のある即興性が秀逸。珍しくヴァースから歌う(5)、自身のセカンド・コーラスで控えめにフェイクする(6)など、スウィング調のテンポでの彼女は精彩を放つ。とりわけハリー・ウォーレンの渋い傑作をドラムのブラッシュに乗って速いフォー・ビートで歌った(7)は出色。アップテンポで歌う彼女ならではの才が輝かしく光る。ミディアムの(9)も快唱。ざっと眺めて、偶然かもしれないが、いわゆる歌手にとっての難曲を彼女がピックアップして歌っているのが分かる。暴れ馬を乗りこなすかのような彼女のセンスと技法がそこでは生きている。
 総じてエルムクエストの歌唱にはいわゆる押しつけがましさがない。だから、速いテンポの曲が続いても聴き疲れしない。歌手として本格的活動に入ってからまだ間がない彼女のことだから、シンガーとして脂が乗っていく今後の期待は大きい。多くのシンガーを輩出しているスウェーデンの歌姫の1人として、その活躍を見守りたいと思う。(2011.2.4 悠 雅彦)

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