#  768

『Nils Wogram & ROOT 70/Listen to Your Woman』
text by 伏谷佳代/Kayo Fushiya


conceptional worksU

nwog records:2010
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Nils Wogram (tb; melodica, overtone singing)
Hayden Chisholm (as, melodica, overtone singing)
Matt Penman (p)
Jochen Rueckert (ds)

1. Rusty Bagpipe Boogie
2. One For George
3. Listen to Your Woman
4. How Play Blues
5. Homeland’s Sky
6. Twenty Four
7. Hot Summer Blues
8. Behind the Heart Beat
9. Erectile Dysfunction
10. Precision
11. Melancholia

録音:2010年1月Studio P4, Berlin

「Root70」は現在はチューリッヒに住むニルス・ヴォグラム(Nils Wogram)の中心的プロジェクトで、バンドメンバーは全員70年代生まれ。トロンボーンのニルス、マルチリード奏者のヘイデン・チスホルム(Hayden Chisholm)、ダブルベースのマット・ペンマン(Matt Penman)、ドラムスのヨッヘン・リュッケルト(Jochen Rueckert)というドイツを拠点としたヨーロッパ各地、およびニューヨークで活躍する若手第一線で固められている。本作は2008年の『on 52nd 1/4 Street』の続編、”conceptional works”シリーズとしては2作目。ニルス・ヴォグラムの音楽制作において一貫して流れる「アナログやアコースティックへの強い愛着」がこのプロジェクト、ひいては”conceptional works”シリーズにも強固に感じられる。つまり「ヴィンテージの手法、あるいは録音方法に徹底してこだわりながら、現在進行形のジャズをやる」ということ。

本作に目新しい点としては、IntuitionやEnjaなどといったインディペンデント系のレーベルからすら独立して、自主レーベル「nwog records」から出しているということに加え、収録曲11曲のうち7曲は一発取り、録音はヴィンテージ・チューブ・マイクロフォンのみで行われたという点。コンセプトは「ブルース」である。ニルスとヘイデンによる"overtone singing"の導入など時空的にも一層の広がりを見せる。楽器編成にも拠るが、手仕事の泥臭さや温さ(ぬくさ)が強く根底を成しているという点で今回もかなりROOT(根源)な仕上がり。ブルース本来が持つ12コードは見事にニルスのコンポジションへと内包され、聴く者の意識を過去に向かわせながらも現時性のただ中で攪乱する。冒頭の「Rusty Bagpipe Boogie」はヘイデンの作曲によるものだが、ニルスの代名詞ともいえるプランジャーを含蓄たっぷりに効かせたトロンボーンでスタートするブギ・ウギ。ドラムもダブルベースも単純にエイトビートを叩き出しているだけだが、脈打つような心地よいグルーヴ感。タイトル曲の「Listen to your Women」、マット・ペンマンのフィンガー・ピッキングによる土臭さこのうえないソロを導入部に、ニルスとヘイデンのリードの絡み合いが哀愁を帯びる。若いのに憂いの表現では天下一品のニルス。要所で効果的に隙間を埋めるヨッヘン・リュッケルトの大地の鼓動のごときくぐもったバスドラもセンスよし。この曲に至っては中間部からが聴きどころ。トロンボーンがメロディカに持ち替えられベースラインを担い、ヘイデンのアルトによるアラビックで艶やかなメロディが絡む。ニルスの抒情性というのは楽器や奏法、緩急の如何によらず確実に息づく。単なるメロディカがメロディカ以上に響くのだ。これだけは天性というしかない。

聴くものの耳をしばらく捉えて離さないのは続く「How Play Blues」。タイトルから人を喰ったような感じだが、マット・ペンマンのダブルベースのリフがサウンドの根幹をがっちりと握る。聴く方も一旦この波に捉えられたが最後、そのノリから逃れることは至難だ。最強のリズム隊のうえで自由闊達に表情を変えてゆくトロンボーン、アルト、メロディカ。オーソドックスにブルースをやってなぜにここまで新鮮な魅力に満ちているのか。あるのは、生身の奏者の「実力」の二文字のみ。先に述べた"overtone singing"が光る「Hot Summer Blues」、緩急自在でエネルギッシュな展開、思う存分に各リードのソロを堪能できる。このあたりはNils Wogram Septetにも通じるグルーヴ感。James Joyce『ユリシーズ』の朗読を音楽に組み込んだ「Literature Project」など、領域を軽々と跨ぐ大規模なプロジェクトを行ってきたヘイデンのヴォイスのセンスは、やはりアルバム随所で光る。若さに起因する陰影不足は、卓越したナラティヴ・センスでカバーする。欧米の若手たちに知性と成熟が感じる点だ。終曲の「Melancholia」、マルチフォニックを渋く駆使したニルスのふくよかなトロンボーンの表現力はもちろん、そこでソロを取るマット・ペンマンのダブルベースの熱い芯に再び感服。マットありき、の新作といえるだろう。2010年1月、ベルリン録音。本人から届いたのが暮れも押し迫った時期なので、2010年度ベスト盤に選出できなかったのが惜しい。(伏谷佳代/Kayo Fushiya)


【URL】 http://www.nilswogram.com/
  http://www.nwog-records.com/

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