# 769
『Nils Wogram & Simon Nabatov/Moods & Modes』
text by 伏谷佳代/Kayo Fushiya
nwog records; 2011
Nils Wogram (tb)
Simon Nabatov (p)
1. Moods and Modes
2. Assuming
3. Full Stop
4. First Thought-Best Thought
5. Split the Difference
6. Moving in
7. Danca nova
8. Speak up!
9. The Song I Knew
録音:2009年7月Radio Studio, Zurich
10年以上も続くプロジェクトであるNils Wogram(ニルス・ヴォグラム)とSimon Nabatov(サイモン・ナバトフ)とのデュオ。自己レーベルから発表したばかりの本作も、完全なるアコースティックの魅力が凝縮した作品だ。メロディはこのうえなくシンプルで、即座に聴き手の頭にこびりつく。ニルスのコンポジションの特質のひとつだ。シンプルなのだが音自体で自足する高密度の充実感。
タイトルがふるっている。”mood”(叙述)と”mode”(形式)、そのヴァリエーション。タイトル曲である「Moods and Modes」では、一つのモチーフが伸縮を繰り返しながら自在に変形してゆくが、ミニマリスティックな構造のようでありながらも、いかにも洗練された「削ぎ落としの美」とは無縁だ。安易な哲学論を寄せ付けない正統性がある。Simon Nabatovのピアノが極めて率直に、ピアノがピアノたる所以である重層性に満ちた叙述を行う為である。ロシアン・ピアニズムの濃厚なる残滓(ざんし)、そのロマンティズムの一片だけが畸形として急成長を遂げたかのような、アクロバティックに共振しつつ舞うピアノ。半歩ずらしたり、着かず離れずのニルスのトロンボーン。時にシンセサイザーをも思わせる高音部のひび割れたピアノの音色、このピアノは何であろうか。ベヒシュタインのような繊細なる気品に満ちながらも、安易な美の概念に収まるのを逃れるように呻吟(しんぎん)する。ムードと形式が、食うか食われるかのぎりぎりのところですり抜け合う。「音楽すること」の永遠のテーマのような一曲。
数曲でタンギングなどの特殊奏法は見られるものの、全体として「ピアノとトロンボーンで単純にメロディを奏しながら如何にしてコンテンポラリーな味を出すか」に一貫して腐心している印象を受ける。相当な割合でユニゾンが多い。曲も綺麗に三部形式を取るものが複数。あるいはトロンボーンのシンプルなメロディが動機づけとなり、あたかも同一楽器からこぼれ出るかのようにピアノが継ぎ目なくポリフォニックな展開を担う「First Thought-Best Thought」のようなパターン。差異の融解という点において、5曲目の「Split The Difference」はその骨頂だろう。コード楽器と単音楽器がタイトル通り、楽器の個性を飛び越えて、相似の奏法と同一メロディを駆使しつつ展開する。物理的な差異をも含む形式(modes)をいかに超越して一(いつ)なる地点へ肉薄できるか(形式=Modeは障害である、という告白がここでちらっと見える)。形式を超越することが出来るのはMoods(この場合は、ノリやグルーヴである)のみであり、そうした白熱の次元へ至るにはしつこいほど型を踏襲することでそれを破る、というコンセプト実行の絶好の例。
静と動、柔と剛のコントラストも美しい、ニルスの卓越したメロディ・メーカーとしてのセンスがストレートな形で味わえる。「なぜにニルスはナバトフと組み続けるのか」の答えはここにある。「極めてシンプルなスタイルで新しいことをやろうとする」というニルスの基本姿勢に、「ただ普通に鍵盤を押すだけで、魔術性をも通り越した多幸感までそのニュアンスに含んでしまう、絶えず複数の効果を上げる」ナバトフのピアノほどぴたりと趣旨に添うものはないのである。(伏谷佳代/Kayo Fushiya)
【URL】
http://www.nilswogram.com/
http://www.nwog-records.com/
http://www.Nabatov.com/
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
:
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
:
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
:
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄
Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.