# 771
『トーマス・エンコ/ウィンドウ・アンド・レイン』
text by 望月由美
ZZJA PLUS /Happinet HMCJ-1007
3,150円(税込)2月23日発売
トーマス・エンコ (p & vln)
クリス・ジェニングス (b)
ニコラス・シャリエ (ds)
ゲスト・アーテイスト:
日野皓正 (tp/on 2,10)
仙波清彦 (鼓/on 5、8)
1. ラヴ (John Lennon)
2. 枯葉 (Joseph Kosma)
3. ウィンドウ・アンド・レイン (Thomas Enhco)
4. モーニング・ブルース (Thomas Enhco)
5. ユーアー・ジャスト・ア・ゴースト (Thomas Enhco)
6. マイ・ロマンス (Richard Rodgers)
7. 朝日のようにさわやかに (Sigmund Romberg)
8. リヤズ (Chris Jennings)
9. オープン・ユアー・ドアー (Thomas Enhco)
10.オール・ザ・シングス・ユー・アー (Jerome Kern)
11. シェルブールの雨傘 (Michel Legrand)
プロデューサー:伊藤 ”88” 八十八
録音:2010年8月30日、31日 2ch ダイレクトDSDレコーディング
スタジオ:ソニーミュージック乃木坂スタジオ
エンジニア:篠笥 孝 (ソニーミュージック)
パリ生まれ、22才の新進ピアニストのデビュー2作目
トーマス・エンコは瀟洒でエレガンスなムードの中に青春の甘さを発散、爽やかで春の息吹を感じさせるフレッシュなピアニストであり、アルバム・ジャケットのポートレートに見られるように、貴公子然とした端正な顔立ちと音楽とがぴったりと一致している美形アーティストである。また、ヴァイオリニストとしてもコンポーザーとしても優れた才能を発揮している。昨2010年の<ジャンゴ賞>の最優秀新人賞と<第5回マーシャル・ソラル国際ジャズ・ピアノ・コンペティション>で3位に選出されている今注目のニュー・スターである。
2009年の夏、アルバム『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』(Blue in Green)をリリースし、昨2010年の9月には「東京丸の内JAZZ CIRCUIT 2010」に出演、本格的な日本デビューを果たしての第2作目のリリースとなる。前作はプロデューサーの伊藤八十八さんがパリに赴いての現地録音であったが今回はソニーの乃木坂スタジオでソニー最強のスタッフによる日本でのDSD方式による2チャンネル・ダイレクト・レコーディングにより、繊細で華麗なタッチに加えてさらに力強さも加わった。
演奏はトーマス・エンコのトリオを主軸に、曲によってゲストを入れて色彩を際立たせ、ジャズの定番曲からスタンダード、ジョン・レノンやルグランなどをとりあげながら自分のオリジナルをもじっくり聴かせるという巧みな構成になっている。
前作でも何曲か管を加えてアルバムに変化をつけていたが、今回は日野皓正(tp)と仙波清彦(鼓)を2曲ずつフィーチュアリング・ゲストに迎えアルバムにアクセントを付けている。メインとなるトーマス・エンコ・トリオは洗練された豊かで艶やかなサウンドで心地よい臨場感を保って一編のストーリーが浮かび上がってくるようなリアリティーが魅力である。
(1)<ラブ>でトーマス・エンコのトリオはジョン・レノンの曲想を活かした上で清々しさを伴った自由なインター・プレイで幕を開ける。そしてジョン・レノンの余韻が覚めやらぬうちに(2)<枯葉>で日野皓正(tp)のオープン・トランペットが空気を引き裂くように朗々と唄う。トーマス・エンコが軽快なクッションをつける。鮮やかな場面展開である。それにしても日野皓正は自己のグループを離れていろいろな人とセッションを重ねてきている。そのどの場面でも日野の音はブリリアントに自己主張し存在感を誇示する。しかし、同時にバックに廻ると絶妙なオブリガードで共演する相手をより大きくクローズ・アップし、いつも以上に輝かせるという得意技をもっているようだが、ここでもその技が遺憾なく発揮され、トーマス・エンコのトリオが日野を活性剤にして活き活きとスイングしてくるのが伝わってくる。もう一曲(10)<オール・ザ・シングス・ユー・アー>でも日野のバラード・プレイが聴ける。ジャム・セッションの定番曲である<オール・ザ・シングス・ユー・アー>は通常アップ・テンポで演奏されることが多いが、ここでの日野の設定は超スロー・バラードである。泣ける。日野に絡むトーマス・エンコも良いグルーヴで日野とのコラボレーションを楽しんでいる。もう一人のゲスト、仙波清彦(鼓)は(5)と(8)の2曲に加わっているがトーマス・エンコのオリジナル(5)<ユーアー・ジャスト・ア・ゴースト>では鼓という邦楽器の特性を活かしトリオと巧く融合させ、極く自然に調和させている。本曲といい、アルバム・タイトルの(3)<ウィンドウ・アンド・レイン>といい、トーマス・エンコの作る曲はとても親しみやすくロマンティックなメロディーが強く印象に残る。また、(6)<マイ・ロマンス>ではステファン・グラッペリのようなジプシーの香りをたたえたヴァイオリンでビル・エヴァンスとは一味違った<マイ・ロマンス>に仕立て上げているあたり、トーマス・エンコはウィットに富んだ青年のようだ。
トーマス・エンコは1988年パリの生まれというからまだ22歳という若さである。祖父が指揮者のジャン=クロード・カサドシュだそうで、クラシック音楽の名門一家に育ち3歳でヴァイオリン、6歳でピアノを始め、12歳からディディエ・ロックウッド(vln)の下でジャズを学んだというが、若々しいフレッシュな感覚でジャズの伝統と今起こりつつある新しいことに対してなんの惑いもなく伸び伸びと吸収してゆく姿がアルバム『ウィンドウ・アンド・レイン』には収められている。
なお、トーマス・エンコはこの3月には来日し3月の下旬から4月の上旬にかけて『Thomas Enhco Club Circuit Tour in Japan 2011』という全国ライヴ・ツアーを行うという。本作レコーディングから半年、未知の可能性を秘めたトーマス・エンコの進化を目の当たりに聴くことができる。( 2011年2月 望月由美 )
追悼特集
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#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
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#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
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#10 Contents
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