#  773

『ジェイミー・ポール/メランコリー・ベイビー』
text by 悠 雅彦


Green Hill/EMI ミュージック・ジャパン TOCJ - 66550 ¥ 2, 100
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1.ドント・エクスプレイン
2.あなたにはかなわない(What' ll I Do)
3.スマイル
4.マイ・メランコリー・ベイビー
5.ドント・クライ・ベイビー
6.ピープル・ゲット・レディ
7.終わりなき旅(I Still Haven' t Found What I' m Looking for )
8.振っても晴れても(Come Rain Or Come Shine)
9.ビッグ・スペンダー
10. アイ・ウォント・ア・リトル・シュガー
11. エイント・ノー・サンシャイン
12. ア・サンデイ・カインド・オヴ・ラヴ
13. ユーヴ・チェインジド
14. ザ・デイ・ザット・アイ・ロスト・ユー
15. SUKIYAKI〜上を向いて歩こう

ジェイミー・ポール(vcl) ビージー・アデール(p) ローリー・メシェム (p) ロジャー・スペンサー (b) ジム・ファーガソン (b) クリス・ブラウン (ds) ジム・ホワイト(ds) ジェイソン・ウェッブ (org) レイフ・シアーズ (tp) デニス・ソリー (ts) ジャック・ジェズロ (ac- & el-g) ブレンダン・ハーキン(add. el-g)

プロデューサー:ジャック・ジェズロ
録音:ブレンダン・ハーキン

 のっけから恥をさらすようで面映いが、ジェイミー・ポールというシンガーは本作を通して初めて聴いた。実は、この1作は彼女の第2作だとある。だが、どういうわけか昨年秋に日本で発売されたデビュー作『シングス・スタンダーズ』(2009年吹込)を聴く機会がなく、なぜだったか思い出せないがその直後の初来日ステージも聴き逃がした。そんなわけで彼女の歌を評する資格が私にはないかもしれない。だが、このコーナーはレコード(CD)評であって、厳密には演奏(唱)家論を書く場ではない。と、開き直って、思い切って推薦することにした。つまり、ジェレミーは初めて聴く機会を得た私をノックアウトしたわけで、彼女のデビュー作を知らなかったからといって敬遠するのも良質な作品とあればおかしなことではないか。
 全14曲で、これに日本盤のみのボーナス・トラックという「上を向いて歩こう」(「すきやき」とクレジットされているが、原曲とは何の関係もないタイトルで、少なくとも今日ではいただけない)がプラスされている。デビュー作の副題に名前が印されていたピアニストのビージー・アデールがこの1作でもいい仕事をしているが、他方この1作では曲によってバックの編成を変えたり、彼女が伴侶に選んだトランペット奏者リーフ・シアーズが大半の曲(11曲)でプレイするなど、印象的には賑やかで活気に富む。ここには彼女のバックグラウンドとして大きなファクターをもつゴスペルやブルースやソウル系の楽曲も数多く並ぶ。そのため(6)(7)(9)(10)などではオルガンや、(6)では2人のエレキ・ギター奏者を起用したりして、曲の違いやバックグラウンドの特色性をクローズアップするアルバム作りを展開している。大きく分ければ、この新作にはオーソドックスなタイプのジェレミーと、ゴスペル系統のソウルフルな唱法を披露するジェレミーがいるということになる。どちらが好きかで評価が分かれるかもしれないが、間違いなくどちらもジェレミー・ポールであるということを確認しておくべきだろう。エタ・ジェイムズが大好きだという彼女の節回し、言葉(歌詞)の表情付けやアクセントの選び方などの点で、両者を聴き較べると違いが分かるだけにすこぶる興味深い。
 この新作はビリー・ホリデイの(1)で蓋を開ける。私はこの曲と、若かりしエラ・フィッツジェラルドの好唱を思い出させる(4)に強く惹きつけられた。最晩年のビリー・ホリデイの戦慄的歌唱で知られる(13)や2本のホーンをバックにして情緒豊かに歌う(12)にしてもそうだが、情緒たっぷりに歌っていながら声とフレージングの自在なコントロールで節度を失わない彼女の唱法が耳をとらえて放さないのだ。上記のうちヴァースから始める(4)はビージー・アデールのピアノだけで歌った唯一の曲だが、ヴォイスと表現のバランスのとり方に天性のコントロール力とセンスのよさを発揮する彼女のバラード唱法の優れた特徴がよく窺えた。
 他方、幼いころ南部のバプティスト教会に通い、ナッシュヴィルで活動に着手した彼女にとっては、ゴスペル風のシャウト唱法やドラマティックなブルース唱法は決して黒人たちからの単純な影響下から始まったものではないらしい。たとえば、(5)や(6)のジェレミーが何と活きいきとしたバネで弾むように歌っていることか。(7)もそう。ハロルド・アーレンの名曲(8)やサイ・コールマンの(9)でもそうしたソウルフル・ジェレミーの唱法の特色が遺憾なく発揮されている。ジェレミーの活動が軌道に乗ったのはここ3年ほどらしい。すると、彼女がこれらの歌唱のように<自分流儀>で歌い表現する術を心得ているのは、それが天性のものであることを示しているのではないか。少し鼻にかかったふくよかなヴォイスで、「ドント・エクスプレイン」のような曲でも情緒過多に流れず、感傷的な安っぽい表現に堕さないジェレミーの唱法が楽しめるアルバムといっていいと思う。デビュー作に続いてビージー・アデールのピアノが深い余韻のタッチで心を打つ。ジェレミーがそれにピタリとこたえる。私は存分に満喫した。(2011年2月20日 悠 雅彦)

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