#  776

『ブラッド・メルドー/ライヴ・イン・マルシアック』
text by 悠 雅彦


Nonesuch 520275

CD ONE:
1.Storm 2.It' s All Right with Me 3.Secret Love 4.Unrequited
5.Resignation 6.Trailer Park Ghost
7.Goodbye Storyteller (for Fred Myrow) 8.Exit Music (for a Film )

CD TWO:
1.Things Behind the Sun 2.Lithium 3.Lilac Wine 4.Martha My Dear
5.My Favorite Things 6.Dat Dere

DVD:
1.Storm/It' s All Right with Me 2.Secret Love 3.Unrequited 4.Resignation
5.Trailer Park Ghost
6.Goodbye Storyteller (for Fred Myro )/Exit Music (for a Film)
7.Things Behind the Sun 8.Lithium 9.Lilac Wine
10.Martha My Dear 11.My Favorite Things

Brad Mehldau piano
2006年8月2日 Jazz in Marciac/フランスでのライヴ録音
Produced by Brad Mehldau

ブラッド・メルドーのソロといえば、2003年2月に墨田トリフォニーホールで行われたソロ・コンサートが忘れられない。このときの演奏はメルドーの初のライヴCDとしてノンサッチから発売されたが、それ以来のライヴ演奏ということになる。不思議といえば不思議だが、聴く前から演奏の充実味が漏れ聴こえてくる作品がごくたまにある。瞬間的に勘が働くのだが、本作では実際、想像を上回る出来映えに興奮させられた。

CD2枚組のこの作品は今回、国内盤ではなく直輸入盤の形で発売された。ノンサッチとの契約関係を結んでいるワーナー・パイオニアの担当者によれば、DVD付きの3枚組セットの輸入盤が圧倒的に安価で、この形態をとる限りたとえ国内盤を出しても価格で太刀打ち出来ないためだという。

マルシアック・ジャズ祭(Jazz in Marciac)といえば、 昨年春に発売されて高く評価された同祭でのウィントン・マルサリスとリシャール・ガリアーノの秀逸な共演作を思い出す。この1作もタイトルは『ライヴ・イン・マルシアック』だった。両作品がDVD付きのパッケージで発売されたことも併せ考えると、同祭ではここでのライヴをシリーズ化するつもりなのかもしれない。ともあれ、この1作も本作も傑出したライヴ演奏である点からいって、よほどアーティストが気持よくプレイに専念できる雰囲気や条件を備えたフェスティバルなのだろう。それはDVDを視聴すればよく分かる。

実際、メルドーを迎える聴衆の歓呼の拍手に圧倒され、演奏が始まった次の瞬間の静寂に息を呑む。期待が半ば実現したと確信した。

メルドーが演奏に集中力を発揮しながら、その中で自己との対話としてのソロ演奏を高みに導いていくプロセスには感銘すら覚える。緊張美に富み、倦むところがない。つまり、一分の隙もないのだ。ライヴという空間では特定のテーマを設定してイマジネーションを飛翔させることは極めて難しい。「旅の思い出を綴った」とみずから語ったことがある『ハイウェイ・ライダー』のような展開が難しいとなると、ライヴでは過去の録音や演奏で取りあげた楽曲を再演する場合でも、そのときとは違った視点とコンセプトが用意されなければならないことになる。メルドーに限らないと思うが、ここでのメルドーはあたかももう1人の自己と対話をするかのように、さらに徹底して音楽の深部へ降りていくかのような厳しい視線を宙に向け、クリエイティヴな示唆に富んだスペースを弾き出していく。だが、決して単に禁欲的な演奏というわけではない。ある場合にはむしろ正反対といっていいくらいに、演奏を楽しんでいる風情がフィンガリングや身体の動きに現れる。これを如実に示して余りあるのが右手と左手の自由闊達な運動性だろう。左が右手の領域にしばしば出没する面白さ、あるいは常識を超えたスリルは、DVDの画像で見るといっそう迫真的にアピールする。定石を覆すようなかかる奏法はメルドーで初めて体験した。こういうときのメルドーの活きいきとした両手の運動性や屈託のない表情は、自由な即興的演奏を楽しんでいたと伝えられる大バッハを想起させずにはおかないが、同時にユニークな解釈に立つバッハの演奏で世を驚かせたグレン・グールドの、特に興に乗ったときの演奏ぶりが重なって見えた。

過去のトリオ等での演奏した楽曲をソロで再演した場合の印象の違いは、ちょうど舞台で上演された演劇が詩の朗読に転じた面白さに似る。コール・ポーターの「 It' s All Right with Me 」、サミー・フェインの「Secret Love 」、レディオヘッドの「Exit Music 」、パット・メセニーとも演奏した「Unrequited 」ビートルズの「 Martha My Dear 」などがそうだが、「 Secret Love 」などはあたかもバッハの「インヴェンション」を聴く心地だし、どの演奏もスタジオ録音と違ってそれだけ即興的妙味に富むスリリングなものになっている。展開の妙というやつだ。そんな中で私が選ぶベスト・トラックはCD1の(4)〜(7)の4曲。左手のリズムの縦横、自在。解き放たれたときの右手の嬉々としたパッセージ、中でも(5)「 Resignation 」の戦慄的でさえある右手と左手のやりとりなど、音群が螺旋状に舞いつつクレッシェンドし、クライマックスを経てディミヌエンドする息詰まる展開が実にスリリングだった。ボビー・ティモンズの「 Dat Dere 」のようなファンキー曲もメルドー流で面白い(DVDにはない)。
 2人のピアニストが火花を散らしている趣さえあるソロ・ライヴ。2CD通して1時間40余分と長いが、少しも長く感じない。堪能した。( 2011年3月2日 悠 雅彦 )

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