一時は昏睡状態にまでなって生死の境をさまよい、再起不可能とまで言われたフレッド･ハーシュ、奇跡の復活スタジオ録音作品。思うように動かなくなってしまった指･･･。復帰を目指した最初の練習は、なんとオクターブ練習だったとのこと。ピアノと共に生きたアーティストにとって、それがどんなギャップだったかは、想像を絶するものだったと思われます。

にも関わらず、ここには、いつにない穏やかな世界が･･･。本作に流れるのは、一命をとり留め、シリアスさを乗り越えた境地、と思います。昨年挙げた『プレイズ･ジョビン』、また、2007年の『The Night & Music』から聴こえたヒリヒリするような感覚、緊迫感は薄れたといえましょう。そのテンション感の違いで、本作の評価は分かれるかもしれません。

しかし、これも紛れもないフレッド･ハーシュなのです。一音の必然性を突きつめ、病も決して奪うことが出来なかった、氏の音楽的なセンス、蓄積を結実させていく演奏。淡々としつつも凄みが滲み出るタイトル曲、繊細な感覚で描かれるM-5。当たり前の話かもしれませんが、ピアノは、指先の芸でないことを、物語る演奏と感じます。

2011年も同レーベルが作品を手がけるというニュースもあり、今後の変遷にも目が離せない筆者です。( 関口滋子 )